第三章 過去
過去1
そして今日も燦々と輝く太陽に見守られながら家へと歩を進めていると、目の前の曲がり角から大人が一人出て来た。
急に出て来たもんだから(と言っても歩いていたけど)私は足を思わず止める。足音すら聞こえなかったのに(聞こえなかっただけという可能性も否定はできないが)突然、人が現れた事に吃驚しながらも私はその人を見上げた。
腰辺りまである長い髪に細身の体格と高い背(先程のサングラスの細身男より体格はしっかりとしているようには見えた)。そして美形な顔。
その顔はワンテンポ遅れて私を見下ろした。交差する狐目と丸目。一瞬、緊張と共に現れた沈黙が私たちを包み込むが、男はそれを和らげるように莞爾とした笑みを浮かべた。
でもその人が全く知らない人で今は真口様もいない一人だからか、その笑みに答えることは無く私の表情は依然と緊張を含んだ真顔。
すると男は笑みを浮かべたまましゃがみ私と目線を合わせた。
「こんにちは」
爽やかな挨拶をされるとそれに答え私は頷くように軽く顔を動かした。
「ちょっと道を訊きたいんだけどいいかな?」
一度頷き「うん」と返事。
「真口神社って言うところに行きたいんだけど、どこにあるか知ってる?」
当然ながらその名前の神社も知ってるし場所も知ってる。私はその真口神社のある方向を指差した。顔は真っすぐ男へ向けたまま。そんな私に対し逸らした視線を指の指す方へ向けた男。
そしてすぐにその視線が戻ると浮かべ直した笑みと共に口を開いた。
「ありがとう」
お礼の後、立ち上がった男はそのまま真口神社へと歩き出した。そして私はその後姿を少し見つめてから背を向け家への残り道を進んだ。
その日の夜、私は夢を見た。それは不思議な夢だった。内容は大人になった(年齢は二十代後半もしくは三十代ぐらいだと思う)私が真口様と楽しそうに話しをしているというもの。しかも私は(覚えている限りだが)一度も着たことのない巫女装束を身に纏っていて、その様子を俯瞰で見ているのだ。
場所はあの洞窟。私の顔には影がかかりよく見えなかったが、手の甲に魚の(私がそう見えてるだけなのかもしれないけど)小さな痣があったから私で間違いない。この痣は結構気に入ってるから大きさや向き、位置なんかも割と正確に覚えてるから自信があるのだ。
でも何を話しているのかは分からなかった。というのも会話はおろかまるで壊れたスピーカーのように雑音ひとつない完璧な無音が空間を支配していたから。もしくは私だけか。
兎に角そんな光景が広がり、ただそれが続くだけの夢。だけど夢は夢。いずれ終わる。
そして私も例外ではなく朝が来ればその夢から目覚めた。依然と不思議な感覚と眠気に包まれながら。
でもすぐにそんな感覚も眠気と一緒に消えていくと私は朝食やら何やらを済ませ当たり前のように真口様の元へ向かった。
いつも通り神社へ向かい、階段を中腹まで上ると神主さんがいないかを確認し横の方へ抜けようとした。
だがその時――。
「おや? 今日も来たのかい?」
それは丁度、私が鳥居から目を逸らした瞬間だった。上の方から神主さんの声が聞こえ、慌てて顔を戻すとついさっきまでいなかったはずの神主さんがそこには立っていた。
「ん? そこに何かあるのかい?」
私の体が階段から逸れようと完全に横を向いていたからだろう。神主さんは覗き込むようにそう尋ねてきた。
「む、虫がいたの」
「ここは田舎だからね。でもあんまり下手に触っちゃ駄目だよ。もしかしたら危険かもしれないし」
「うん」
「あっ、そうだ。ジュースがあるんだ。おいで」
咄嗟に尤もらしいことを言えた私は意外と将来有望なのもしれない。
そして間一髪なんとか誤魔化せた私は当初の目的とは違い残りの階段も上り切った。
「今取ってくるから待っててね」
そう言われ私は大人しく木漏れ日のおかげで少しは涼しさが多少ある鳥居の下、階段の最上段に腰を下ろした。
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