訪れし時3

 そして真口様の顔が寿々木さんへ戻る。


「確かにお前の言う通りだ」

「やっぱ――」

「それは憶測の域を超えていない。残念だったな」


 その言葉だけを残し真口様は背を向け洞窟の方へと歩き出した。私は何と声を掛ければいいかも分からずその後姿をただ見送るだけだった。


「あぁーあ。行っちゃった」

「今の話って……」

「最初にも言ったけど僕の憶測の域を超えないのは確かだけど、それは本人に確認が取れてないってだけで僕は正解だと思うよ。特に今の態度を見れば余計にね」


 確かにどこかいつもと違う感じがしたと言われればその通りの気もするが、気のせいと言われればその通りも気もする。


「僕は向き合ってちゃんと受け止めるべきだと思う。人間はいつか死ぬ。だけど自分は必要とされる限り何百年何千年ずっと生き続けるってことを。じゃないと千代さんみたいな親しい人間が出来る度に彼は死から目を逸らす事になる。死からは誰も逃られない。自分の死からも。他人の死からもね。でも特に他人の死は厄介なんだ。ちゃんと受け止めないと心を徐々に締め上げてしまう。自分の死より辛いものだよ。それは心有る者なら神も人間も変わらない。――だから行ってあげてよ」

「え? 私がですか?」

「君以外にいないよ。君は言わば第二の千代さんだ」


 私は洞窟のある方へ目を向けた。今はもう真口様の姿が消え道とそれを挟む木々が揺れているだけ。


「それに僕はまだここから動けないからね。お願い。僕の隣神りんじんを助けてあげて」

「――はい。分かりました。行ってみます」

「よろしく」


 そして私は真口様の後を追いあの洞窟へと向かった。大きく口を開けた洞窟。この中へ入るのは何年ぶりだろう。一歩足を踏み入れれば初めてここへ来た時の事がフラッシュバックする。何も知らずただ神様と言う存在に期待を寄せいた幼い私。足音の反響する暗い洞窟を進むとあの頃と変わらず突然、壁の松明に火が灯った。そしてそこにはあの時と同じように真口様が体を丸めて眠っていた。

 でも私の足音か松明の火か目を開けると顔を上げた。


「お前か」

「久しぶりにいい?」


 私が体を指差すと彼は少し隙間を開けてくれた。

 そしていつぶりだろう腰を下ろした私は真口様に凭れかかる。ふわふわとした毛と心地好い温もり。


「んー! 家にも結構いいソファがあるけどやっぱりこれには敵わないなぁ」


 体を完全に預け大きく伸びをすればこのまま眠ってしまいそうだった。


「あ奴に言われて来たんだろ?」

「さーてどうでしょうね」


 隠すつもりもないけど、意地悪をするように私はそう答えた。


「全く面倒な奴だ」

「でも実際はどうなんですか?」

「何がだ?」

「さっきの話。当たってます?」

「知らん」


 真口様はそう言って顔を逸らしてしまった。


「――私の会ったって言った千代さんって本物の千代さんだと思います? それとも私の妄想?」


 私は少し昔を思い出しながらそんな質問をした。あの頃は本物だと信じていたが大人になるにつれどうなんだろうって思わなくもない。ちょっと現実的に考えてあり得るのかって考えてしまう。もしかしたら嫌な大人の成り方をしてしまったのかも。


「お前はあ奴を知らん。だがあの話は確かに天笠千代だった。知らん奴をどうやって妄想で見る? それに結界が消えた事も説明が付く上に儂があの時感じた力は確かに千代のものだった」

「じゃあ本当にあれは本物だったんだ」


 あの時、彼女に抱き締めてもらったあの感覚を思い出しながら私は小さく呟いた。


「恐らくな」

「なら私はどっちの気持ちも分かるってことですね」

「どういう意味だ?」

「千代さんは真口様のこととても大事に思ってましたよ。だから真口様の事が大好きな千代さんの気持ちも分かるし、千代さんの事が大好きな真口様の気持ちも分かります。私もほんの少ししか会ってないですけど大好きですもん。彼女の事」

「儂は別に――」

「隠さなくてもいいですよ。別に。――それじゃあ私の事はどうですか?」


 その質問に真口様は横目で私を見た。じっと。


「――普通だ」


 知らん。ってきりそう言うかと思ったから少しだけ意外だった。


「私は大好きですよ。真口様の事」


 それは心からの言葉で、その言葉の後に私は彼を抱き締めた。千代さんが私にしてくれたように。


「大丈夫。もう千代さんはいないですけど私がいます。ずっとは出来ないけど毎年会いに来ます。私は昔の事はよく分からないし、仲間を失って千代さんも失ってしまった真口様の気持ちも、まだそういう経験をしたことないから理解してあげられない。でも一緒にはいてあげられる。もし寂しかったり昔を思い出して辛い気持ちになった時は一緒に居てあげますよ」


 まるで我が子であるかのように、私は柔らかな毛並みに沿って彼を撫でた。


「だがお前もいずれ死ぬ。儂はそれでも生き続ける。信仰がある限りな」


 ――人間はいつか死ぬ。

 それは私がどれだけ真口様を想っても、どれだけ一緒に居てあげたいって願っても、覆しようのない事だ。それこそあの千代さんでさえ、その流れには身を任せるしかなかったのだから(最も、彼女は逆らおうとは思ってなかったと思うけど)。


「そうですね。私もあと何十年かしたら死んじゃう。わたしにとってはまだまだ先の事でも真口様にとってはあっという間かもしれない。でも確かに人間はいずれ死ぬけど、私達は意志を受け継げる。人から人へバントのように意志は受け継がれていく。千代さんがいて私がいるみたいに。そういう意味ではいつまでもあなたと共にある。私の次の誰かがいて、その誰かの次にも誰かがいて。それがずっと続いていく。大丈夫、あなたは一人じゃない。これからもずっと傍に居ますよ」


 すると真口様は頬擦りするように私へ顔を寄せてきた。何も言わなかったが心は通じ合っている。だから私もそんな彼へ顔を寄せ愛情を伝えるようにより強く抱き締めた。

 それから暫くの間、私たちはずっとそうしていた。その時だけは――いや、私は昔から真口様を神様とは言いつつそんな風には見てなかったのかもしれない。最愛の親友のように彼を見ていたのかも。


「そうだ。良い事思い付きました」


 すると描写的に頭上でライトが光るように突然、それは頭へ浮かんで来た。


「私、子どもが大きくなったら真口様の事をちゃんと教えようと思います。ここに連れてきて一緒に会って。そして私が死んでしまったらその子がその誰かになる。そしてその子どもにも同じようにしてもらって。それを代々引き継いでいくんです。そしたら真口様ももう寂しくないでしょ?」

「だが儂は重荷はごめんだ」

「分かってます。強制はしませんよ。でもきっと真口様の事を気に入る。だって私の子だもん。彼女の子がそうだったように。きっと」


 根拠は無いけど、確かな自信がそこにはあった。自分の子どもと彼が楽し気に遊ぶ姿が目を瞑れば見えるぐらいの自信が。


「――乃蒼」


 すると突然、彼は私を名前で呼んだ。

 それは初めての事で正直に言って驚きはしたけど、それと同じくらいすんなりと受け入れられている自分にも驚いた。

 同時に自分が彼にとって千代さんと同じような存在になれたような気がして、温かく嬉しかった。


「何ですか?」

「ありがとう」

「いいんですよ」


 そう言って私はまた真口様を抱き締めた。

 神様と信者なんかなくて。

 一人の友人として。これからもずっと。

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ひと夏の人喰い神獣 佐武ろく @satake_roku

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