訪れし時2
それから私と真口様と寿々木さん。三人で話をしていると後ろの方から私を呼ぶ声が聞こえてきた。それはこの空間には初めて響く声だ。
「乃蒼!」
その声に振り返るとそこには道に沿い歩いてきた旭川誠の姿。彼は私のすぐ傍まで来るとポケットからスマホを取り出した。
「これ忘れてたよ」
「あぁ、わざわざありがとう」
「いや――別にいいけど……」
言葉を止めた誠は視線を上から下へサラッと移動させると折り返しまた顔まで戻した。
「どうしたの? その恰好?」
「これ? 神主さんが貸してくれたの。どう? 似合う?」
私は真口様にしたように両手を広げて見せる。誠はもう一度私の全身を、今度はじっくり見ていった。
「――控え目に言って、めっちゃ良い」
「ありがと。ていうか、もしかしてそういう趣味ある?」
私は冗談交じりに自分を抱き締めるように腕を閉じ体を彼から少し遠ざけた。
「え? いや別にそう言う意味で言った訳じゃないって。――でもまぁ悪くはないかもしれないけど……」
わざとらしく厭らしさを纏った視線を私へと向ける誠。
「ってまぁまぁそれはいいとして、一枚撮って良い?」
すると一瞬にして切り替わった誠は自分のスマホを取り出した。
「いいけど誰にも見せないでよ?」
「見せないって。特別可愛いのは独り占めしたいじゃん? っていうかちょっと巫女っぽいポーズしてよ」
「巫女っぽい? 何それ? いいから早く撮って」
カシャ、というシャッター音が鳴ると誠はその出来栄えを確認し一人満足気に頷きスマホを戻した。
「あっ! これ!」
すると彼は私の方向を指差しながら嬉しそうにそんな声を上げた。
そして指をそのままに歩き出したかと思うと私を通り過ぎ寿々木さんの方へ。
「これって乃蒼が話してたやつでしょ? 縁結びの御神木。恋愛に仕事様々な縁を結んでくれるっていう」
「そう」
その返事を聞くと誠は私へ手を差し出した。
「なに?」
「だって結ばれたい相手とこうして一緒にこの木に触れると良くて、同じようにカップルや夫婦がすれば結婚や夫婦円満が訪れるって。だからほら」
「そうだね」
その気持ちが嬉しくて私は口元を緩めながら彼の手を握った。
そして私と誠はそれぞれ(互いの手を握ってない方の)手を御神木へと触れさせる。目を瞑りいつまでも一緒で幸せにいられるよう願った――いや、そうあり続けると誓った。
そしてゆっくりと目を開けた私は視線をまず誠の方へ。別に祈る時間を決めていた訳じゃないのに私たちは同時に目を開け、そして目を合わせた。まるで初めて会った時のようでそれは少し恥ずかしかったけど彼の愛情を感じたようで嬉しかった。思わず照れ笑いを零してしまう程に。
「どうしたの?」
「ううん。何でもない」
「ほんとに? 何か照れてない?」
誠は御神木に触れていた方の手で私の頬に触れた。
「ちょっと熱くなってるし」
「何でもないって」
「りょーかい。でもこれで俺たちみんな今後も安泰だね。幸せに暮らせる」
「そうだね」
「それじゃ、俺は先に戻ってるから」
「うん。また後で」
最後にキス――は止めて軽く抱き合ってから誠は神社へと戻った。
「とてもいい人だね。君の事を心から愛してた。もちろん君もね」
誠の姿が見えなくなり聞こえた寿々木さんの声に振り返ると、彼が来て隠れていた真口様も姿を見せた。
「やっぱりそういうの分かるんですか?」
「もちろん。でも実を言うと僕にそこまで強力な力は無いだよ」
「え? そうなんですか?」
「僕はただキッカケを作る程度。あとはその人次第って感じだね。だから君たちも互いを理解することを怠らず頑張ってね」
「了解です」
「ところで君はどうなの? 真口神」
すると突然、寿々木さんは真口様にそんな質問を振った。どうなの? とは一体どう言う意味なのか私には分からなかったがそれは彼も同じだったようだ。
「どういう意味だ?」
「だから君は乃蒼ちゃんが小っちゃい頃からその成長を見守ってきたわけでしょ」
「別に見守っては無い。こ奴が勝手に来ていただけだ」
「それはどーもすみませんでした」
私は少し皮肉っぽくそう言った。
「でも見てきた訳じゃない。言わば第二の父親みたいなもんだと思うんだけど、そんな君から見てあの乃蒼ちゃんが結婚するっていうのはどうなのかなーって思って」
確かにそれは気になる。実際ちゃんと面と向かっては言ったことが無かったわけだし。私は何を言ってくれるのか若干の期待をしながら真口様を見た。
「――別に何とも思わん」
「わぁーお。冷たいねー」
でも私はその言葉に安心したというか真口様らしくてどこかしっくりきていた。同時に懐古の情に駆られ思わず笑みが零れた。
「ほんとに相変わらずですね。――あっ、そうだ」
すると昔を感じたはずみか私はある事を思い出した。
「真口様。千代さんのお墓には行きました?」
千代さんとの不思議な出会いをした私はあの時、彼女の結婚後の名前を聞いていた。でもそれを真口様に伝えたのはもっと後の事でちゃんとお墓に行けたのかは聞けていなかったのだ。ちなみに伝えるのが遅れたのは単純に私が忘れていたのとその名前がお墓を探す手がかりになるとは思ってなかったから。
「いや、まだだ」
「どうして? お寺に行ったらすぐ見つかるのに」
「前にも言ったがあ奴はとうの昔にこの世を去っている。墓を目の前にしたからといって何かある訳でもないからな」
「ちなみにその嘘は君の善悪システムに反応しないの?」
真口様の言葉の後、透かさず寿々木さんは突っ込みを入れるようにそんな事を言った。
「儂の事だ。するわけない。と言うより嘘ではない」
「どういうことですか?」
「それじゃあ困ったちゃんの神様に僕が説明してあげよう」
寿々木さんはわざとらしく咳払いをしてからその説明とやらを始めた。
「まずそもそも千代さんのお墓を探すのに名前なんていらない。僕も一応元神だから分かるけど特別な力を持った人間はすぐに分かる。というよりその力を僕たちは感知できる。千代さんみたいに強力なら尚更ね。そしてその力って言うのは本人が亡くなった後でも残り香みたいにほんのり残り続けるものなんだ。だから埋まってるお墓の前に行けば分かる」
「一つ一つ探すのは面倒なだけだ」
「この島のお墓って数自体は全然多くないじゃん軽くサラッと一周すれは良いだけだしそんな時間も面倒もかからない。君が本当に見つけたいと思ってるならどうってことないでしょ? この島のお墓が神社とお寺にしかないって分かった時点で探し出せたはず」
確かにと、今の説明で私は納得した。けど同時に疑問も浮かぶ。
「それじゃあ何でそうしなかったんですか?」
「それが本題だね。もっとも僕は彼じゃないから今からいう事は憶測の域を超えない訳だけど。――でも僕が思うに君は怖かったんじゃないの?」
「何を怖がる必要がある?」
そう言わて気に障ったのか、真口様は少し睨むような視線を向けた。
「君は神になる前、仲間を失ってる。そして神になった。でも神になった後、君はずっと孤独だったんでしょ? 神と信者。その二つは深く交わえど信仰する者とされる者という境界は保たれる。それを超えて友と成り得る存在は稀だ。むしろいないと言ってもいい。どれだけ多くの信仰者を従えようとも神は孤独なんだ。まぁそう思ってない神もいると思うけど」
どれだけ多くの信者が居ても神様は孤独。他の神様はそれをどう思ってるんだろう。私は話を聞きながらふとこれまでに行った事のある神社を思い出しながらそう思った。
「兎に角、そんな孤独な君の前に現れたのが千代さんだ。彼女は信仰者としてではなく一人の人間として君の元に訪れていた。そして彼女もまた陰陽師としてではなく一人の自分として接する事の出来る誰かを求めてた。それが君だ。そして素の姿で接する彼女に君も次第に心を開き始めた。段々と君にとって彼女はかつての仲間のような存在になっていった。でも神は必要とされる限り生き続けるけど人間はそうじゃない。時が経ち彼女は亡くなってしまった。それから君は更なる時を経て外に出た訳だけど、未だに彼女のお墓に行けないのは、天笠千代という大切な人間の死を実感するのが怖いからだ。頭では分かっていても墓石を目の前にしそれを実感すれば、かつて仲間を失った時を思い出しそうで、また仲間を失う辛さを味わいそうで怖いから行けないんじゃないの?」
私は寿々木さんの話が終わると真口様へ視線を向けたが彼はそれを避けるように顔を逸らした。
そして少しの間、静かな風に森が揺れ真口様の言葉を待つ沈黙が辺りを漂った。
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