人喰い神獣2

 蝉の鳴き声が夏を感じさせつつも少し五月蠅い真夏の朝。目を覚ました私の両隣では、まだ父と母が夢の世界を堪能していた。

 私はまだ少し眠かったが体を起こし部屋を出る。廊下を歩き居間へ行くとそこにはもう既に祖父と祖母の姿があった。


「おぉ、随分と早起きだな」

「うん。目が覚めちゃった」


 若干ながら夢見心地な声で祖父に返事をしながら私は適当な場所に腰を下ろした。


「乃愛ちゃん、麦茶でも飲むかい?」

「うん」


 私が目を擦りながら返事をすると祖母はよっこらしょ、と立ち上がりキッチンへ。少しして麦茶の入ったコップと一口サイズの色々な果物が盛り付けられたお皿を手に戻ってきた。


「これもお食べ」


 その頃には視界も鮮明になっており、私はまず麦茶を一口、それから果物のひとつに刺さった爪楊枝を手に取る。先に刺さっていたのはパイナップル。酸味と甘味が口一杯に広がりとても美味しい。私はそのままキウイを食べリンゴに爪楊枝を刺すと麦茶を飲んだ。


「美味しいかい?」

「おしぃ!」


 満足に満ちた表情を浮かべながら祖母に答える。それを見た祖母も私同様に笑みを浮かべていた。

 それから私は果物を食べながら麦茶を飲み、祖父母と他愛もない話をしていた。

 すると廊下から軋む音が聞こえ視線を祖母から後ろの廊下へ。


「お義母さん、お義父さんおはようございます」


 そこに立っていた母は軽く頭を下げながら朝の挨拶をした。祖父母は私にしたように微笑みを浮かべながら返す。


「春奈さんもお茶でも飲むかい?」

「自分で入れますので大丈夫ですよ」

「いいから。いいから。ここに座って。はいはい」


 結局、祖母はキッチンへ行き母は私の隣に腰を下ろした。そんな母へ私はリンゴの刺さった爪楊枝を差し出す。


「ママも食べる?」

「ありがと」


 母はお礼を言うと爪楊枝からリンゴを食べた。そして少し大袈裟に「美味しい」と言いながら私の頭を撫でてくれた。少しして祖母が麦茶を持ってくると今度は母を加えまた他愛のない話をした。

 それからしばらくして母と祖母は朝食を作り始めその匂いに誘われるように父が起きてきた。この日の朝食は白米とみそ汁と鮭に昨日の刺身。鮭と刺身で魚が被っているが如何にも日本といった朝食は美味しかった。大人になってから朝食はパンが多いからたまに食べたくなる。

 そんな朝食を食べ終えた後、私は居間で扇風機に当たりながら何をしようかを考えていた。


「あー」


 扇風機に向かってただ声を出すというのは誰もが通る道だと思うのだがどうだろう?

 そんな風に暇を潰していると祖母がやってきて祖父にこんな提案をした。


「爺さん。乃愛ちゃんと兄さんのとろこに行ってきたらどうだい?」

「おぉそれはいいなぁ」


 それが一体どんなところなのか見当も付かなかった私はそれを問うように祖父を見た。


「乃愛ちゃんお菓子食べたいかい?」

「お菓子! 食べたい!」


 その言葉に疑問は一瞬にして吹き飛ぶ。


「それじゃあ散歩がてらに行くとするか」

「外は暑いからちゃんと帽子被るんだよ」

「はーい」


 それから準備をして家を出て、祖父と共にしばらく歩き到着したのは『フワフワ商店』という何とも商店っぽくない名前のお店。それに可愛らしい。

 でも中はちゃんと田舎の商店と言った雰囲気でお菓子やジュースちょっとした日用品なんかも置いてあった。そこで私は祖父にお目当てのお菓子を買ってもらった訳だ。しかも大量に。更にお店を出る時に店主の和也さんからアイスを奢ってもらった。

 フワフワ商店。そこは子どもの私からすれば天国のような場所だった(冷房もあって涼しかったし)。

 そしてその大量のお菓子を手に祖父と家まで帰ると丁度、父が玄関から出てきた。


「おじいちゃんとどっか行ってたのか?」

「うん、見て! こんなに沢山お菓子買ってもらったんだ」

「良かったなぁ。でもあんまり食べ過ぎるとご飯食べられなくなるぞ」

「うん! ちょっとずつ食べる」


 そんなお菓子を自慢しご満悦な私が気にも留めなかった事を後ろから祖父が代わるように父へ尋ねた。


「どっか行くのか?」

「ちょっと久しぶりに島を回ってみようかなって思って」

「車使うか?」

「いや、自転車ある?」

「あるが空気入ってたか……。どうじゃろう。いつもの場所にまだあるぞ」

「分かった」

「私も行きたい」


 二人の会話を聞いていた私はどこへ行くかは分からなかったが、ただ父と一緒に遊びたくて駆け寄り父を見上げた。


「よし。いいぞ」


 父はそう言いながら私の頭を撫でた。大きく逞しいその手で少し雑に撫でられるのが私は大好きだった。


「それじゃあ着替えた後にママに言って水筒を貰ってきてくれ。そしたら玄関の外に集合だ」

「うん! 分かった」


 普段は忙しくてあまり一緒に遊べない父と出かけられることが嬉しくて急いで部屋へ。そして言われた通りに着替えた後、母から水筒を受け取るとお気に入りのショルダーポーチを被るように肩に掛け外へ向かう。

 外では自転車のタイヤをチェックする父の姿があった。


「パパー! 水筒貰ってきたよ」

「おっ、ありがとう」


 父はお礼を言いながら水筒を受け取ると自転車のカゴに入ったタオルの上に乗せた。


「よし! それじゃあ行くか」

「うん!」


 そして父は大きく返事をした私を後ろから持ち上げると後部座席に設置された簡単なチャイルドシートに乗せシートベルトを締めた。その後に帽子を取って私に持たせヘルメットを被せる。顎紐を締めると確認をしてからヘルメット越しに頭をぽんと叩いた。

 そして父はそのまま運転席に跨る。


「準備はいいか?」

「おっけー」

「よーし! それじゃあレッツ……」


 父が自転車を少し前に押すとスタンドが上がった。


「ゴー(ゴー!)」


 私は父に合わせ空に浮かぶ雲まで届きそうな大きな声を出した。それと同時に両手を突き上げる。

 家を出発した自転車は風を切りながら交通量がほぼない道路を走っていった。大きく逞しい父の体に遮られ風はあまり当たらなかったが手を少し横に出せば生温い風が感じられた。

 今日も燦々と輝く太陽から降り注がれる熱い陽光、地面から容赦なく放出される熱気、遠慮なく頬を流れる汗。そしてそこまで冷たくはないが汗をかいてることもあり少しばかり涼しく感じる風。私は父の後ろで夏を感じていた。

 そんな夏の中をしばらく走ると自転車は閉ざされた門の前で停まった。門の向こう側には大きな建物がある。幼い私でもその建物が何なのかは分かった。というより当時の私もここではないが同じ場所に通っていたから。


「小学校?」

「パパはここに通ってたんだよ。今はもう生徒が居なくて廃校になっちゃったけどね」


 そう語る父は懐古の情に駆られながらもどこか寂しそうにも見えた。


「よし。次はパパが乃愛ぐらいの時によく行ってたザリガニスポットに連れてってやるぞ」

「おぉ、ザリガニ! 行こー!」


 正直ザリガニを捕まえたことは無かったがすっかりテンションの上がっていた私はノリノリで返事をした。

 それから父の言葉通り草の生い茂る池でザリガニを見ては手に取ってみたり、よく飛び込みをしていたという場所に向かったりと父の想い出の場所をいくつか回った。

 そしてそれぞれの場所で想い出に浸かっているんだろう父は懐古の表情を浮かべていた。


「ねぇ、パパ。ここって何?」


 そしていくつかの場所を回った後、父の背を叩きながら口にした私の声が自転車を停めた。私が指差したのは上へ続く石階段。左右には沢山の木々が生えている。石階段に沿うようにずっと上まで。

 だが私が言うのが遅かったせいで少し行き過ぎてしまった自転車を父は足で少し後退させその石階段前まで戻った。


「あぁ、この先にはこの島唯一の神社があるんだよ」

「神様がいるの?」

「そうだよ。確かそういう昔話があった気がするけど忘れちゃったな。おばあちゃんが知ってると思うから帰ったら聞いてみたらどうだ?」

「うん」


 それからも私は島中にある父の想い出を回った。

 そして気が付けば空は夕日に染まり、父は汗だく。真夏のギラギラ太陽の下で一日中、自転車を漕いでいたのだから当たり前だろう。後ろに乗っていただけの私でさえ服が汗に濡れていたのだから。


「そろそろ帰るか」

「うん」


 その帰路の途中、そこまで疲れていた訳ではないが少なくとも無駄に騒ぐ程の元気は無くなっていた私は黙ったまま自転車に揺られていた。

 すると、まだ家には到着していないのにも関わらず自転車が停まった。そして休憩でもするのかなと思っていた私を父が呼ぶ。


「ほら乃愛。見てごらん」


 父の言葉と視線の先にあったのは、今日だけでも何度も見た海で――昨日も見た空に夕日が浮かぶ海。だけど眼前に広がるそれは何故か少し違った表情に見えた。その淡く儚い雰囲気を纏った感傷的になりそうな風景は少しだけぼーっとしていた私の心にじんわりと沁み込んだ。


「こういう景色も懐かしいなぁ」


 私と父はそれから少しだけ何も言わずその景色を眺めていた。

 だがずっとここに居るわけにもいかず父は前を向くとハンドルを握った。


「そろそろ行くぞ」

「うん」


 そして今度こそ真っすぐ家へと帰った。

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