第42話 赤の半旗
外装を対ウォタージェット用に改造したマシンに乗り込んだ。集中放水を浴びても所詮、あいつらのウォータージェットは威力を一点集中させた水にすぎない。
側面は棘だらけの装甲にして水を分散させるので、穴が開かない。ウォータージェットの入射角から計算して分散させるようにしたつもりだ。
いつの日か上層階の連中と真っ向から戦う日が来たときに備えて俺がデザインしてイザークの資金で実現した一台きりのマシンだ。まさか俺が運転する日が来るとは思わなかった。
一気に駆け上がりマシンごとシンクロで上層階に飛ぶ。四人と一台で飛んだので俺の意識も飛ぶところだった。鼻血が出て能力の限界を悟った。
ダニー・モーレイに運転を代わり助手席でぐったりした。北の一番地区を目指す。イザーク含めほかの幹部たちはリングの警備をやり過ごすため偽の身分証で速やかに上層階に潜入して秘密裏にことを進める。
タワーの右(イーストタワー)が心臓部の政治機能を果たしている。俺たちはそちらを目指すがイザーク曰くUコードシステムは実は左(ウエストタワー)に自家発電設備があるという。俺たちが破壊してもシステムは自家発電する限りバックアップする恐れがる。イザークが先に自家発電機を破壊する作戦だ。
いよいよだマルコ。窓の外にビル群が並ぶ。せり上がるように見えてきたラ・ドゥ・トゥール・ルェフエ。
上層階は深夜であっても人通りが多い。俺たちは二本の聳え立つ光の柱に突入するようなものだ。ライトアップされたそれに、向かってマシンは高度を上げて光の交通網から抜け出た。ドーム上の本物の空は灰色の雲にエルザスの光を浴びて黄色く濁って見える。
「ねえ見てダン。街頭モニターに何か映ってるよ」
もうとっくに通り過ぎた街並みに何を言ってるんだと思ったが、どこのモニターにも大勢の人々が映し出されている。目下、数十メートルになった今ではよく確認できない。
「ラジオかけろ」
チャンネルはアルザス一番地区放送局。雑音から突然男性DJの悲鳴に似た切迫した音声に変わる。
〈下層階で大勢のレーサーが同時にアルプトラにかかった模様です。いや、これは信じられない。今救急車両が滑空していったのですが、病院はどこもいっぱい。下層階のニュースだからってみなさん高をくくらないで。これはすごい。まるで制裁だ。いや、今入ったニュースです。リングの展望台フロアで多数の寿命萎縮者が発見されました。これ、やばいんじゃないの? あ、次の曲入ります〉
「上層階国民放送局でもやってる。死者二十名以上、みんな下層階出身みたい」
リアは自身のイーブンでラジオを平行して聞いて俺に報告した。
「まずいな。みんなレーサーじゃねぇだろうな」
「もっと酷いわ。今まで生かされてたんだ私たち……ほら」
リアが突然絶望的な声で握りしめたイーブンを取り落としかけた。リアルタイム掲示板には今まさに上層階に潜入している革命グループの倒れた写真が掲載されている。
「これ、嘘だろ。リアルタイムか」
画面に顔のぼかしすら入っていない今まさに人が倒れこむ動画や、倒れた直後の写真がアップロードされていく。そして、数秒で削除要請がかかり、消えては数分で同じ画像がアップされる。画像が浮かんでは消えていくサイトはまるで消え行く命そのものを泡で例えているようにも思えた。
「アヒム、クレーメンス、パウル、ザームエル、嘘だろ」
ついに俺の周りの人間が一瞬で死んだ。マルコと同じではないか。
「リア。帰れ」
「馬鹿言わないで、もう作戦は始まってるんだから。ここで降りろっての?」
「もう誰も死なせたくない」
「嫌。どうせ寿命が来るなら、ダン兄の側がいい」
ずっと無言で後部座席で窓の外を眺めながらくつろいでいたアークが無言で隣のリアに目を泳がせたのが垣間見えた。再び視線は上層階のドームに放たれる管理された夜景に落ちていった。
「おいおい、泣かせる兄弟愛のところ悪いが」
ダニー・モーレイの嫌味な声にすかさずリアは兄弟じゃないと否定した。案外冷たい。
「サーチライトだ」
視界が奪われるほどの強烈な光。一番地区に響き渡るほどの警報が鳴りだす。
「何で俺たちの位置がばれた?」
「分からねぇ。誰かが脅されて口を割ったか。そもそも侵入してくることを予測されてたかだ。引き返すぞ」
ハンドルを切ろうとしたのでダニー・モーレイの腕を抑えた。
「だめだ今引き返したら追跡される。そうなったら余計に捜査の手が伸びてUコードシステムで殺される」
「そうよ、行きましょう。引き返せないわ」
ダニー・モーレイはしぶしぶハンドルを握りなおした。
「どの道、俺たちはシステムを停止させに来たんだ。Uコードシステムさえ潰せばアンヌ・フローラは俺たちを殺せない」
「どうだかね。その前に水鉄砲で死んじまわねぇことを祈るしかねぇか」
ダニー・モーレイはかっと目を見開いた。眼光から光が放たれる。そういえばこいつもシンクロ能力者だったな。片手で目を貫いたサーチライトを握りつぶすようなしぐさをする。すると下の方でボンと爆発したような鈍い音がした。サーチライトが次々に消えていく。
「お前なかなかやるもんだな」
ダニー・モーレイがアクセルを踏み込んで加速する。窓ガラスまであと数メートルだ。
「照明は任せろ。お前の方ももう一回ぐらい瞬間移動ってやつをやってくれるんだろ?」
後ろから
「ああ、急停止して後ろの車体をぶつけろ」
「どうする気だ」
「いいから」
ダニー・モーレイも手慣れたハンドルさばきで、こちらの後部をスピンで当てた。
「エンジンを切れ」
「なに!」
マシンは重力に従ってぶつけた車体と一緒に落ちる。ここでハンドルを代わる。
「おいおいおい、無茶苦茶しやがる」ダニー・モーレイが悪態をついて重い尻をどける。
ダニー・モーレイにまたがる形ですぐにエンジンをかけなおす。落下した分を取り戻す。上に飛ぶ感じだ。軽く目を瞑り集中する。重力にたまらずリアがうわずった声を上げる。閃光が見えた。いける。
一瞬全身が熱線に触れる感触。汗が吹き出し、周囲の音がかき消える。見えるのは塔の内部へ続く青い閃光。雷のような轟音。ハンドルが重い。視界がガラスをすり抜け、室内が映る。じとっと汗が首を伝った。車体に敷いたマットが足に吸いついている感覚。ハンドルを握っていた手がしびれて血が通わずに白くなっている。
成功だ。マシンごと移動した。
「すごい。これって到着?」
目頭を押さえてリアがアサルトライフルをお守りのように抱き寄せる。
「墜落したように見えただろうな。まあ、実際に落ちたのはあいつらのマシンだけだし、すぐに追手は来る」
アークは酷い顔をしていたので毒づくのかと思ったら、ただ憂鬱そうな顔をした。何が不満なのか言いもしない。アークが腕を組んで難しく口を結んだとき、フロアの照明が動きを感知して自動点灯し始めた。
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