第40話 演説

 ホール内の温度が少し下がり始めて、太陽の代わりの照明が落ち。交通機関や通路などの必要最低限のライトのみに消灯される。代わりに怪しい商売で稼ぐ店舗や、バーが今からが楽しい時間だと古びたネオンを照らし出す。ネオンも調達できないような貧しい店は、返って電気代のかかる白熱電球を仕方なくつける。


 その下で早くもビールジョッキを掲げた貧しい男が俺たち赤い服をまとった革命グループ『ブラオレヴォル』に会釈する。赤は青に対抗する色だ。


 俺は自宅に隠してあった赤いジャケットを着てきた。数年ぶりに引っ張り出したので随分埃をかぶっていて、洗濯もしていないから、マシンをいじったときの油汚れやすれたゴムの跡でところどころ黒く汚れている。


 マルコがこの赤いジャケットを見たら俺のおやじの分まで派手にやれとどどやされそうだ。マルコの父親が存命のときは、グループは発足していない。ただ、その片鱗としてマルコの父を含め、上層階に不満を持つ人は赤を着て主張を繰り返したという。


 マルコもよく赤い服を着ていた。でも、マルコの父はマルコにやめさせて自分は一番派手な赤いジャケットを着ていたのだ。


 マルコは父親が亡くなってから全く赤を着なくなった。着たかったと思う。でも、こうも言っていた。「着たら最後だと」それは、死ぬという意味ではない。誰にも自分を止められないということだ。なぁマルコ。止められてたまるか。


 ほかの男たちも、赤いニット帽をかぶったり、赤いスニーカーを履いたり、ワンポイントで赤を取り入れている。中には、何のお祭りなのかニワトリを抱えた赤い全身タイツ男もいた。以前会ったときよりひげが濃くなっているダニー・モーレイだ。ニワトリは飲み屋のマスターにもらったと言い後でみんなの目の前でさばいてみせるという。


「お前ふざけんな」


「まあまあ、怒らずに。さっさとはじめろ。いや、はじめてくれたまえ」


 木箱を並べて腰掛ける者、ロボットの胴を足の置き場にして身を乗り出す者、俺は二歩下がってその男の傍に立って腕を組んだ。視線はみな、木箱の上のイーブンに注がれている。ほかの幹部のものだ。


 これから生放送がはじまる。革命グループのアプリケーションだから、インストールしているメンバーにしか見ることができない会員制チャンネルだ。生で、聞けない状況の者には自動で録音ログが残される。しかし、ほとんどの革命グループはイーブンから聞こえる放送を身を乗り出して生で聞くことだろう。


 アークは俺たちとは無関係の赤の他人という顔をしている。先ほど会釈してきた貧しい男の隣で、友人面してその店では一番贅沢な肉の缶詰をオーダーして貧しい男を驚かせている。


 あらかじめUコードドシステムの詳細な内容は暗号化して、各自に文面で伝えられている。今、システムの全貌を明かすことは、これからの作戦で意味もなく死ぬ恐れを払拭し、怒りに変える働きがあるのかもしれない。


 動揺している人々を駆り立てるためにイザークは現れた。イーブンに映ったイザークは、いつも着ている黒のタンクトップに着色料で赤に染めた猫の毛皮(猫の毛を剥いだと聞いたのは俺だけだ)を首に巻いて擦り切れた茶色の合成皮革のジャケットを羽織っている。


 思ったよりどっしりとした態度で、おもむろに口を開く。みな、最初の一声を聞き逃すまいと固唾を呑んでいるのを見越しているみたいだ。




〈今からはじまるのは、上層階陥落への具体的な攻撃だ。アンヌ・フローラに奪われた自由の色、ブラオに対抗すべく、戦うときが来た。

 しかし、諸君に聞きたい。これは、今からはじまるのか? 当の昔から上層階への反発はなかったか? 

 すでに犠牲者は出ていた。それでも俺たちは上層階との共倒れを避けるため直接的な攻撃は控えてきた。だが、心して聞いてほしい。

 上層階、いや政府による一方的な虐殺の事実がすでに起きていることについてだ〉




 イザークの声はいつもは子供っぽいところもあり無邪気にも感じたが、Uコードシステムの全貌を話す今、どこか機械的で遠い知り合いのようだ。イザークが義務的に話すのは分かる。できるだけみんなの動揺を避けたいからだ。それで、みんながこの瞬間システムに殺されることもあり得るからだ。




〈隣人の病がただの運命と片付けられていたが、それは間違いだ。家族、友人の死はシステムによってほかの誰かの道連れになっている。

 Uコードシステムは独りよがりな人類削減計画だ。そのコードは諸君の心臓の上に秒針の針を職人がピンセットでそっと置くように乗せられている繊細なものだ。それなりの手術をすれば取り除けるだろう。

 しかし、それを一斉にはじめるのは危険だ。意図的に外された針の数が多ければ、革命グループに属する身元が政府に気づかれる。とても心苦しいことだが、針は抜かないまま任務についてもらいたい〉




 少し酷なことでもやってのけてくれるという信頼を寄せているのだ。イザークには俺が針を抜いたことを伝えてある。もちろん、アークが施したことも。


 イザークは特にこれといった驚きは示さなかった。イザークの心臓の針も自分ですでに処理してあるとのことだった。しかし、俺とイザークは既に上層階から指名手配されており射殺命令も出ているらしい。ほかのメンバーも針を心臓に残したままで不安なことだろう。




〈今はこうして寿命に怯え、執行シャ警察ルフに怯え、不当な公開処刑が道端で突然はじまることには慣れてしまっていた。犠牲者は今こうして話している間も増えつつある。その被害者は下層階だけに留まらず上層階の市民にも及んでいるとの報告も入っている。

 政府、最高司令官総長アンヌ・フローラが上層階にも手を出したことは、アンヌ・フローラの独裁政権が政府の議会にも認められたことに他ならない。

 あの女はまるで機械のように人をふるいにかけている。

 この戦いに勝利したら俺たちはかつてのウィツァを名乗ることができる。エルザスに忘れ去られ、消された歴史を加えることができる。

 システム化された寿命から解放された俺たちは、これから本来あるべき生をまっとうできるだろう。俺たちは上層階に支配されないことを知らしめてやろう〉




 雄弁な演説に感化された男たちは歓声を上げた。ある者は下層階にも空の青を取り戻すんだと、心に誓い、ある者はくたばれ上層階と罵った。


 あちこちで「青(ブラオ)の革命(レヴォル)!」のコールがかかった。


 隣で飲み食いしている無関係な貧しい男は酔った勢いで楽し気に口笛を鳴らしてくれた。アークだけは大して興味はなさそうで、水で薄めたようなまずそうな安物のビール(その店では一番最高品質)で乾杯のポーズを申し訳程度にやった。

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