第39話 敵対
「何もエルザスを消し去ることはないだろ」
ここまで言っても分からないらしい。アークが踏み込んだ。長剣がすぐ脇をかすめる。アークとすれ違いざま、さっきの手術台のお返しに一発顔を狙って殴る。金髪の髪が雪の結晶に輝き、蒼い瞳は静かに微笑んでいる。アークが腕で顔をかばう。
その腕に触れた瞬間、俺の拳は凍った。針の手袋に突っ込んだような痛み。呻くと、アークはやすやすと俺の腹を蹴り飛ばした。今のも凍っておかしくなかった。が、敢えてそうしなかったのか?
「惑星全土の氷を溶かすのは一日かかりそうだからね。暇になるかと思ったけど、退屈しないね」
俺は咳払いをし、体制を立て直した。こいつ俺で遊んでやがる。そっちがやる気なら何としてでもぶちのめしてやる。
「お前が何で
「今更聞く?」
アークが手の中で氷の短剣を躍らせる。なかなか様になっているのが腹立たしい。さっと、花でも投げるように放つとこっちにスピードを増して飛んできた。俺は氷った拳で叩き落とす。
「君はもう目的を果たしただろ。ノーペアリングになったわけだし、もう
アークは俺を敢えて苛立たせて怒りに染め上げようというのか、不敵に微笑んでいる。
「お前の心配とかじゃない。エルザスは、お前が作ったんじゃないだろ。お前に破壊する権利はない」
この短距離を瞬間移動で詰める。走る瞬間、眩しいのが難点だが、アークの目と鼻の先に現れる。はじめて、アークの瞳孔が開いた。勢いに任せた飛び蹴りがクリーンヒットする。アークの白衣に雪と泥がついて、大勢を崩した。
息切れを感じた。足が地面につくと続けざまに反対の足で蹴り上げる。突然、地面から生えてきたのは氷の壁。俺の足は硬い氷に叩きつけられた。
「くっそ、卑怯だぞ」
アークが氷の壁を作れるなんて聞いていない。が、目を離した隙に、背後に回られた。氷の短剣が痛めている足を狙ってきた。反射的に転がって、もう一度シンクロ能力で飛ぶ。瞬間、やつは俺が目の前に現れることを見越して口元を歪めて笑った。長剣が突き出される。軽く身をよじって姿を表す。
「いい加減にしろ」
膝蹴りをかます。しかしつかまれる。まずいと思って瞬間移動で離れた。ところが、アークは俺の足に触れたことで瞬間移動もついてきた。光の中でもみくちゃになって、息切れして移動先で倒れ込む。アークは俺の背を椅子代わりにして着地した。
「このまま凍らせたらちょっと格好悪い彫像ができるね」
アークの額に汗が粒になって浮かんでいる。余裕ぶっているが一緒に移動することでこいつも息切れしているんじゃないのか? アークも予想外だったに違いない。
短剣をちらつかせて脅されるより早く俺は刹那を走る。俺に乗っているアークも道連れになる。時間にすると一秒もない。だが、俺たちは走りに走った。
時間の中とも言える空間。同じ場所にいながら、場所だけが俺たちを追い越していく。向かい風はないが雷が前から迫る。痛みはないがめまいがする。立ち止まると、時間が動きだす。胃が慣性で前に押し出される。吐き気を覚えた。
アークはというと、腹に不意打ちを食らったみたいな顔をして座り込んでいる。
俺は息絶え絶えにアークの襟首にしがみついた。膝が震える。
「もうひとっ走りするか?」
アークは忌々し気な表情で俺の腕を払いのけた。唇が紫がかっている。無言で立ち上がると冷ややかな目と不釣り合いな微笑が浮かぶ。
「ちょっと舐めてたよ」
俺は肩をすくめた。懲りてないな。俺がどうしてやろうかと指を鳴らすとアークは休戦の印に俺の手の氷を溶かした。急に溶けたせいで濡れた真っ赤な手が外気に触れ、じりじりと痛んだ。若干、一回り大きく腫れて見える。
凍傷にでもなったかもしれない。アークは白々しく俺に手ぬぐいを手渡した。濡れたままにしておくと本当に凍傷になるからだ。今、冷静になって気温もマイナスであることに気づいた。アークはそんな中黒いシャツに白衣を羽織っただけの薄着なので俺に早く連れて帰るよう促した。
「はぁ? てめぇが連れて来たんだろ」
「いや、シンクロで移動したのは君だしね」俺の肩に手を置いて催促する。
こいつが休戦したのは、帰り道どうせもう一度俺の能力で走ることになるので、疲れることはしたくないからか。
「送ってやるけど、もうエルザスを消し去ろうなんて考えてないだろうな」
「そこは君次第だよ。君のせいで
ランセス語の「計画」という単語でアークは尚も敵対が続いていることを強調した。こいつは百年を優に生きているのに、根に持つタイプらしい。
面倒なので、降参だと手を軽く上げておく。それに、アンヌ・フローラには俺もこれ以上好き勝手させられない。元より俺の標的はUコードシステムだ。ノーペアリングの今暴れないでどうする。
「ツインタワーに乗り込むか」
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