第25話 命の管理

「違うよ」


 そっけなく返されて拍子抜けした。同時にこんな男の妹じゃなくてよかったと思えたが、そうなると誘拐、監禁説が色濃くなった。


「彼女の呼びたいように呼ばせてるのさ。さて、本題に入ろうか。君はシンクロ能力で飛んで来たわけだけど、ポーターとシンクロしているとすると君が瞬間移動できるのはおそらく、電波が届く範囲内だろうね。能力の自覚がなかったのなら、無意識にここへ飛んできたわけだけど、それなりの鍵がいる」


「鍵?」


「思うに君ははじめてテレポートした。はじめてのテレポートは不安定でしっぱいするもだけど、成功した。誰に俺のポーターの番号を聞いたの?」


 なるほど、医師からメモしてもらったアークの番号で俺はアークの場所に飛んできたのか。


「ちょうど彼とは縁を切りたかった。君も俺のポーターの番号は誰にも言わず、記憶から消して」


 何故そこまで隠したがるのか理解できないが、こいつの報復は空恐ろしい気がする。


「まあ、君なら番号なしでも飛んで来た可能性があるね。シンクロ、早く覚えれば下層階だけじゃなく、上層階も自由に出入りできるようになるのかも」


 俺の能力を羨ましいとは口には出さないが何かの思惑があるらしく、俺に恍惚の眼差しを向けた。


 口ぶりは前回会ったときよりも親切で、こんな人間だったかと疑わしくなったが、アークがアイスティーを入れに席を立つと、じっと座っていることが不安になってきた。俺にはコーヒーが用意された。コーヒー豆を一粒も使わない擬似コーヒーじゃなく、本物のインスタントコーヒーだ。


急性アル寿命萎縮トラなら、君の友人の彼はもう死んでるのに、今更何を解決したいの?」


 押し黙って、ちらりとマルコの寝かされていた診察台を盗み見て俺は、ああと唸った。過ぎたことに解決策なんてないのは分かっているが、マルコの無念を晴らしたい。


「死因を追求しても、全てが死因に思えてくるよ」


「分かってる。でも、Uコードシステムがそもそもなかったらマルコが死ぬようなこともなかった」


 今こうして話し込んでいる間にも俺だって突然死ぬかもしれない。エルザスの人間だって、何も知らないままある日突然死ぬんだ。人為的に引き起こされているのが、許せなかった。


 アークは俺がUコードシステムを口にしても隠蔽を図ることは一言も言わなかった。素直にUコードシステムの存在を認めた。


「Uコードシステムを知ってるんだ。感心したよ。政府は管理できないものを恐れるからね。例えば、時計は何世紀も昔に時を管理する装置として生まれた。アルザスだってそう、天候も昼夜も管理される。そのうち人類が命や生命の寿命を管理しようと思うことは必然じゃないのかな」


 俺は憎らしくなってアークを罵った。


「あんたはUコードシステムを否定しないのか。医者だから、命を救うんじゃなく命を管理するってわけかよ」


 アークは目を細めて俺の怒りが透かしてみえるという哀むような自嘲気味の笑みを浮かべた。


「生きたいと願うことや、死にたくないと思うこと、失いたくないという感情は、突き詰めれば、命を管理したいってことになるんじゃないかな」そう言うとアークは椅子の背もたれに背筋を預けて、患者の治療室に首を傾けた。壁を見つめたその視線は間違いなくその先にニノンという少女を見据えている。


 アークがどこまで話す気になるか分からないが、医者なら誰でも、急性アル寿命萎縮トラを知っているということに確信が持てた。これはチャンスだ。


プルスマ医者メドサンなら、その抜け穴も知ってるだろ」


 アークは嫌らしく微笑んだ。


「君の予想通り俺はUコードシステムから外れているノーペアリングだよ。病室の彼女もね」


 はやる気持ちを抑えるため生唾を飲み込んで、舌を噛まないように注意しながら慎重に語気を強めた。


「それは、どうやったんだ。そもそも外せるのか? 上層階の人間じゃないとだめなのか?」


「案外弱気なんだね。まあ、辛辣な顔しないでよ。外せるのは、医者でもUコードシステムに精通しているエンジニアじゃないとね。つまりは医者とプログラマーやハッカーを区別するようなことがあったらいけないんだ。どれか欠けてもUコードは書き換えられない」


 外せるんだ。これからは多くの人をシステムから解放できる。もうマルコみたいに誰も死ぬことはない。俺は拳を握り締めていた。


 隣にふとマルコの気配を感じた。俺よりも高らかに拳を突き上げるのが目に浮かんだが、その声は聞こえなかった。ついでに、俺の緩んだ口元に何かついているというような小ばかにした鼻で笑う吐息が聞こえて我に返った。何がおかしいんだアークは。


「全人類のペアリングを外せると考えたでしょ。全てのノアの子孫(ノーデ)がUコードシステムから解放されたとき、暴動が起きて人類最後の都市アルザスはお終いさ。そんな馬鹿げた話はないよ。君たちが来たときにペアリングを外さなかったのは初対面の君たちにやる価値がなかったから。個人はアルザスを形成する素材に過ぎない」


「お前が親切じゃないのは分かってる。でも、何か手はなかったのかって。せっかく一度会ってお前に診てもらったんだからよ。俺じゃなくてもマルコぐらいは外せたんじゃないかあの日に」


 今更悔やんでもどうしようもないのは分かっていた。アークは闇医者で(それも上層階の医者だ!)善意で動く必要などなかった。だが、全て知っていて意図的に操作された死を容認している。一体誰を恨めばいいんだ。マルコはもう死んだのに。マルコは何のために殺されたのか。


「君が一人で葛藤するのは仕方ないことだね。そもそも誰が君に真実を告げたのか。真実を一人抱えるのは孤独がつきまとうものだからね」


 何を知ったふうな口を聞くのだろう。まるで俺がイザークからUコードシステムを聞いて飛んできたことを知っているみたいだ。


 俺は我慢できなくなってアークの胸倉をつかんだ。真実がいけないって言うのか。


 アークは、薄ら笑いをやめてただ自分が胸倉をつかまれていることの実感を俺を冷ややかに見て確認した。無言のまま目の奥で何か浅黒いものを訴えかけてくる。俺にもおぞましい隠しごとがあるんじゃないかと? 

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