第26話 脳のデータ化 精神転送

「本当は君の友達の彼、一度死にかけたことあるんじゃないの? そのとき君には瀕死の彼をロボット化させる計画があった?」


「何だよ急に」


 そっとしておいて欲しいことがらに突っ込まれた。こいつはあの一連の事件のことを知っているのか? 


 俺はいつもレースのことばかり頭に置いていたが、マルコの父親の活発な抗議活動を通してマルコとも執行シャ警察ルフの危険性を認識しはじめていた頃だ。


 マルコの父親の死、マルコの流れ弾。上層階のニュースは下層階のニュースと異なり抗議活動などなかったことにしてしまった。また、そのときは下層階にも圧力がかかりニュース内容の一部を変更させられたと大人になって知った。マルコの父親は反逆者に仕立てられてしまった。


 だが、それを下層階の人間は鵜呑みにするほど馬鹿じゃない。ただ、マルコの流れ弾事件が削除された。執行シャ警察ルフの不祥事はもみ消されるのだ。マルコの父親のウォータジェットの射殺による処刑は、リングに出稼ぎに行ってきた下層階の労働者たちを通して間接的に伝わってきただけだった。


 人々は上層階の見せしめ行為に思惑通りに踊らされていた。心では上の世界が憎いと念じながら、今動けば殺されると立ち向かおうという人はいなかった。ただ、関わるものじゃないと口々に俺を慰めた。それは俺の神経を逆なでした。


 その後俺はマルコ父の遺言が俺に宛てたものであると分かった。内容は財産やそういったものではなかった。そりゃそうだ。俺には血の繋がりはないのだから。


 いつ死ぬか、それとも植物状態になってしまうのかという状態のマルコには相談のしようもないし、突拍子のない内容だったこともあって、今でもマルコには内緒にしていたんだ。そこには、マルコが大人になったときに、もし私のように革命運動に参加し、命を落とすようなことがあればと懸念していた。


 どうか、その道に踏み入れそうなときは強く引き留めるようにとも書かれていた。だが、俺には一番何かと心に引っかかる項目があったのだ。




 もし万が一マルコの身に私と同じ末路をたどるようなことがあったならば、どうかマルコの精神をロボットに転送し、永遠の肉体を手に革命を成功させてくれと。




 俺はロボットの増加により大規模な製造制限が課されたり、ロボット狩りが流行った時期も子供ながらに知っていたが、それでもマルコがウォータージェットに倒れて入院した数か月は毎日、マルコの死に怯えていた。


 見舞いに行くと、点滴に繋がれた腕と俺の自宅に机替わりにしているロボットの生の手を見比べてみた。質感は同じなんだ。ロボットはただ温度がない。


 指なんかロボットの方が器用で、皮膚のしわなんかもロボットの方が精巧だった。


 マルコがもし死んだら。マルコの脳をデータ化してロボットに転送する。


 それがマルコの延命に繋がるのならと毎日願った。


 奇跡的にマルコが死ぬこともなく後遺症も残らず、無事に退院したので、しばらくロボットのことは忘れてしまおうと思った。ただ、自宅のロボットの足で構成されたテーブルを今でもしげしげと眺めてマルコもロボットだったなら無下に働かされるロボットに成り下がっていたかもしれないと思うこともある。


 電子カルテでクラウド化された情報を共有できるのは今にはじまったことじゃないが、アークはマルコの下層階での受診歴を電子カルテから見たのか。


 当時の俺はマルコの同意が得られないときは医者に遺言を見せるようにと書かれていたマルコの父の遺言に従ったのだ。ただ、マルコのロボット化をマルコ本人に黙ってやるのは嫌だったので、本当に脳を転送できるのかと技術的なことを聞くためだった。


 医者は遺言を真に受けてもしものときはそうしようと、遺言のコピーを取って手続きをはじめたのだ。まさかあのときのことを電子カルテにまで書き込まれていたとは。


「このロボットが迫害されている時代にわざわざロボット化させて彼の命を繋ぎ止めたかったんじゃないの? 動機はどうあれ、君は彼の脳をデータ化し、精神を転送することに成功していたとしたら、彼はアルプトラではなくその脳移植手術で彼は彼でなくなっているんだよ。同時にロボットの彼には寿命という死の呪縛から解放される。君のやろうとしたことも寿命の操作、命の管理じゃないかな」


 俺は言い返せなかったが、それが命の管理に繋がるのか俺には答えが見いだせない。


「ロボット化には親類の許可が必要で結局できなかったし、マルコも結局助かったんだ。俺にそれをする権利があったとして、マルコはロボットの肉体を手に入れ生き永らえることは、人を救うという医療と同じことなんじゃないのか? 義足ってあるだろ。全身義足にするようなものだろう」


 アークは俺の言いたいことを察して鼻で笑うような、関心するようななんとも言えないこそばゆい顔をした。


「技術的に人の脳のデータ化の成功例は今のところないよ。いずれにしても、管理社会アルザスと管理システムUコードに君は同意してるってことだよ」


「俺たちを下層階に送り返したときにも何も思わなかったのか。いつか俺たちのどっちかがいずれUコードで死んでもいいってのか」


 アークは肩をすくめた。勿論そうだろう。急性アル寿命萎縮トラなんて、世間一般では交通事故と同じ認識なのだ。ただの不幸が重なったにすぎないと。


 でもそれだって上層階の刷り込みじゃないのか? 急性アル寿命萎縮トラだから諦めろっていう感情を一般的なものにしているのは、Uコードシステムが表ざたにされてないからだ。


 これが上層階による人為的な選民政策だとみんなが知っていれば……。

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