第15話 急性寿命萎縮
仕事は歓声から散り散りになってはじまった。なんだろうこの団結力はと、ときどき思うが、革命グループ『ブラオレヴォル』はいつも、イザーク中心に回っていく。 イザークが指揮をとるのではなく率先して、シャベルやらドリルで穴を押し進めるからだろう。
「イザーク。あと悪いんだが、上層階の医者を調べられるか?」
「何だ急に」
「俺を下層階に逃がしてくれたのはアークって闇医者だ」
アークについて何者か知っておきたいし、礼ぐらい言った方がいいと思っていた。金輪際会いたくないが、何しろ俺たちの秘密を知った人物だ。
だが、イザークは上層階の人間が嫌いだから、快く引き受けてくれるかどうか。俺の不安をよそに、イザークは好奇心旺盛な顔を見せた。
「そいつは妙だな。上層階の医者はみんな金の亡者だろう? お前を助けたのか」
「ま、まあ上層階特有の鼻につく偉そうな態度だったけどな」
「下層階にお前を逃がせるようなコネのあるやつは限られるぜ。探しといてやるよ」
俺は冷凍されて送られたことを言おうか迷った。それほどの技術を持つことをイザークに伝えると、イザークならあの医者を殺してしまうかもしれないと危惧して、時期が来たら話そうと思った。
俺もまだまだ新入りのアヒムや後輩のパウルに教えながら穴を掘る仕事を始めた。
「火花には気をつけろ。だいぶ、換気してるつもりだが、洞窟には変わりない、ガスに引火したらおしまいだ」
ゴーグルの中が、外の寒さと身体の火照りの温度差で曇る。
そのとき別のグループからメールが入った。午後六時二十分。以前に掘った別の岩盤が崩れて、メンバーの一人が下敷きになったらしい。
「ダンここは任せていいか。気にせず掘り進めろ。いいか、警戒は怠るな。万が一盗聴されたりしないように、連絡はしない。心配だろうが、何かあったとしてもこっちに一度帰って来るまで連絡はしない」
慌しくイザークが駆けていった。連絡は最小限に抑えるのはいつものことだが、今までにない規模の事故かもしれないので胸騒ぎがした。
数時間後イザークがくたびれた様子で帰って来ると、新人が亡くなったらしい。俺も飲み会で会った程度だったが、まさか大きな事故に繋がるとは。伝達係りのリアが走って来た。
イザークの五つ下の従妹で、穴を掘っていることがばれたりしないようにエレベーター乗り場に残してきたが、電話やメールでなく直接俺たちのところまで来るなんて珍しかった。盗聴を恐れたのか? 俺は身構えた。
「マルコヴィッチって誰の友達だったっけ?」
大声で叫ぶリアの声で現場のドリルが一つずつ止まった。俺の友達と分かっていて聞いている。俺を怒らせたいのか?「マルコがどうかしたのか」と尋ねるとリアの方が泣き出しそうな怒ったような顔をしていた。
「あんた、幹部でしょ。メールしたのに!」
「悪い。手が込んでた。事故のことでメールは控えるよう言われてたんだよ」
「そういうとこ、何でマルコヴィッチと似てるのよ。あんたの友達! 死んだのよ」
耳鳴りがした気がした。
リアの瞳が俺を哀れむように見ている気がしたのを、他人事のように俺は客観視した。喉が渇いて、吐息が漏れた。その吐息は言葉を振るわせた。
「何だよそれ」
リアは立ち止まったことでフードから汗が滝のように流れては氷点下で凍っていく。青ざめた顔は、俺の映し鏡か。
「
下層階で発見された病のため、上層階でも下層階と同じ呼び方をされる。
ただし、上層階での発生率は低いと聞く。しかし、いつ何時、老若男女問わず発症するか分からない、死神に寿命を刈り取られたように突然死する病だ。
予期して予防することも不可能だ。そういえば昔ダニー・モーレイの両親がかかったと聞いたことがある。あの、ダニー・モーレイでさえ涙ぐんでいたが、交通事故と同じように運が悪かったと言ってのけた。
多くの人は寿命だから仕方がないと言う。何歳で死ぬか?
それは神が決めることだとも言われる。
被害者は悲観するしかない。
それが、何故突然マルコに。
嘘だろ。
今日の朝までレースを祝っていたんだ。レースは、遅かったしベストな走りじゃなかったし、妨害もあった。まだまだやれるはずだった。
マルコが死ぬなんて今まで考えたこともなかった。
骨折はした。でも、マルコが骨折していることなんて忘れるくらいだった。俺たちの昨日今日が、真新しい記憶が、光が、渦になって、醜悪なものに変わって嫌悪感が背中に走った。俺の今朝のできごとは何だったのか?
一昨日のレースは何だったのか! いや、それだけじゃない。マルコがガキのときに俺に見せてくれたピカピカに磨いた廃材や、ねじのタイヤのミニカー、盗んだ親の身分証でリングに旅行へ行って当たり前のようにリングで逮捕されたこと。
悪ふざけして壊した掃除ロボット。はじめてマシンを自分たちで買ったあの日――。マルコが死んだって?
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