第14話 平等が必要だ

「イザーク」


 俺が声をかけるとさっとクレーメンスとザームエルは道を開けた。アヒムは俺に意味深なウインクをする。


「何かいいことでもあったのか?」


「お前、下水かぶったんんだって?」


「うっせーよ」


 ザームエルがアヒムを止めてくれなかったらこのままくだらない戯言に長々と付き合うことになっていた。


「よく来てくれたなダン」


 虎柄のフードの男は、この骨まで凍るほどに寒いのにコートの下はタンクトップというなりで、小奇麗な顔を掘り出した凍土で泥だらけにしていた。目つきは鋭く、ときどき舌で口の端を舐めるのだが、俺を見るなり満足そうに微笑んだ。


 イザークと固く抱き合って、拳をつき合わせる。イザークの身体は鉄のように冷え切っていたが、本人は煤けた甲の汚れが俺についたことを詫びた。ここでの仕事は汚れはつきものだ。


「イザーク、先に聞いておきたい。レースの爆破事件のことだ」


 イザークは、ほかの下層階の連中にもすでに解答済みなのか、そのことなら、詳しく説明してやるよと早口に言ったが、それより先に俺に礼を言いたいと、グループを仰いだ。


「よく無事で帰ってきた。そして、お前こそが、真の革命家だ」


 同士たちが拳を突き上げて声を上げた。俺はそれに誇張されすぎな気がしてむずかゆかった。


 アヒムは仕事前だというのに、もう黒ビールを開けて俺に浴びせかけはじめた。ザームエルはこの寒いのにやめろと、うまくかわしている。

「大袈裟過ぎるって。俺はレーサーとして、行ったんだ。あとは帰ってきただけだしな」


 イザークは黄色い瞳を輝かせていやいやと首を振る。


「いつも言ってるだろう。命あってこそが、革命だ」


肩を叩かれイザークの言いたいことは、だいたい分かった。上層階の連中に殺されることなく戻ることも任務の一つだと。今度はお前の質問タイムだとばかりに、イザークは手のひらを返した。


「何で、ダニー・モーレイをあんな形で試験したんだ」


「誰でも度胸があれば革命グループに入れてやるよ。ダニー・モーレイは、レースで何かしでかすとだけ言ってきた。アピールするのは、好きにやればいい。例え爆弾でもな。問題は、下層階の人間を巻き込んだことにある」


 そこだけは許さないと口元を歪めて不適に笑った。


「俺に相談してくれても良かっただろ?」俺が悔しい思いを吐露すると、イザークは俺をたしなめた。


「お前は単に、ダニー・モーレイが仲間に入るのを嫌ってる。確かに評判も良くないな。ここの連中も大半が反対するのも目に見えてる。でも俺はわけ隔てないぜ。

 だから、モーレイ本人と俺だけの公開しない方法で革命グループにふさわしいか試したんだ。

 だから脱出の手引きもした。

 お前がレースにいつも出てることも知っていたから、何かあったらお前とお前の友人のマルコヴィッチも脱出の手引きをしてやるつもりだった。

 だが、犠牲者が出たから、負傷者を優先した。モーレイも近くにいたから下層階に逃がしてやった」


 俺はイザークにまだまだ信用されていないんじゃないかと落胆した。それに、ダニー・モーレイが花火をすりかえられたからといって、あいつは現にレース仲間を殺してるのだ。仲間に迎える気じゃないだろうな。


「まぁ、心配するな。みんなの不安も分かる。爆弾でなくて、花火のはずだった件も本人から聞いてる。あいつに本物の爆弾を上層階に落とす勇気はないよな。問題は、どこまでがモーレイの罪なのか」


 イザークは奥歯を見せて笑った。ダニー・モーレイは革命グループ失格らしい。イザークの見透かしたようなそれでいて悪ガキにも見える知恵を絞る顔は、これから危ない発言をするときによく見られる。


「あいつ、お前といっしょにバイトに来なかったのは、お前のせいか? それともあいつの意志か?」


「ついて来させるかよ」


「残念だ。今度モーレイからコンタクトがあれば、革命グループに入れてやるふりをしろ。あいつは明らかに上層階とのコネのある二重スパイだ」


「あいつが?」


 革命グループの一人パウルがダニー・モーレイの証明書のコピーを持ってきた。ダニー・モーレイの個人情報の横に調べ上げた家族関係のほか、下層階での知り合いや、いきつけの店などが手書きで記されている。さすが、イザークだ。仕事が早い。こういうところをやはり尊敬してしまう。


「家族はみんな病で他界してる。兄弟もなしだ。あいつとペアだった男は上層階の人間だった。その上層階の男がダニー・モーレイの花火を爆弾にすり換えた。そしてモーレイをそそのかし、俺たちのグループに探りを入れたいわけだ」


 イザークが自信ありげに言うので、俺は頭をかいた。


「でもそうしたら、上層階で爆破したのは上層階の人間ってことか? 何の為に」


 イザークは目を輝かせた。


「俺たちのテロとして報道し、俺たちに宣戦布告するためさ。これは上層階からふっかけてきた喧嘩だ。

 乗ってやるときが来たんだ。

 今日、この外界エクステリユに穴を開けたことが実れば、俺たちの通信システムはいっそう発達する。

 そして、ダンたちレーサーを称えろ。今日俺たちは引き金を引いた。上層階との全面交戦になることを覚悟しろ。上層階の選民思想は、砕かれるときが来た」


 みんなが歓声を上げて、俺に拍手を送った。俺もとりあえずみんなに拍手を送った。そう、選民思想だけは許せない。イザークの言っていることが本当なら、宣戦布告してきたのは上層階だ。やらないといけない時期にもうこのエルザスは来ている。


上層階と下層階には平等が必要だ。そうすれば下層階にも仕事が増え貧困者が増えることもない。


 執行シャ警察ルフの不当な逮捕や処刑もなくなる・・・・・・。

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