第13話 革命グループのバイト
やっと朝日の照明が昇ってきたので俺とマルコは一旦別れた。下層階の薄汚い鉄板で作った橋をいくつか渡りやっと家についた。上層階から伸びている配管と配管の間に鉄板の継ぎはぎで立てた。洞窟のような我が家。
天井はパイプでできているからそのうちの一つが、蒸気がたまに出るから気をつけないと火傷をする。ほかにも、水漏れはしょちゅう。綺麗な水道水ならいいが、たいがい下水だ。
窓がないので、定期的に空気清浄機をレンタルしては家の空気を廊下に出す。そのときはご近所にも迷惑になるので一言詫びを入れる。逆に隣の空気が家に流れ込んでくることはしょっちゅうだ。そろそろ扉らしい扉をつけないといけない。玄関は布で隠しているだけだ。
キッチンはないので、ガス式のコンロに鍋(掃除用ロボの頭部が皿の形だったので鍋として使ってる)を沸かし、空きっぱなしになっていた缶詰からしわしわになったトマトを掻きだす。腐りかけトマト煮込みとは我ながら豪華な朝食だ。
小麦の溶いて焼いたものと一緒に食べる。パンっていうものを見たことがないのでパンっぽい何かに名前はまだない。穴倉という部屋の片隅に昔上層階で拾ってきたパン屋のチラシがある。どう見ても本物のパンとは程遠いそれをパンとイメージして食べてみる。パンもこんなにパサパサして、唾液を奪うような食べ物なのだろうか。
鉄の台にロボットの手と足をくっつけたテーブルは悪趣味で不気味だが、本物のテーブルを買うより安上がりなので愛用している。そのテーブルにイザークのアジビラが束になって埃をかぶっている。これでも千部は配った。あとどこでばらまこうか。いっそレース中に上層階で街にばらまいた方がイザークに喜ばれただろうかと考えた。あいつはそういうの好きそうだ。
部屋の奥に続く倉庫は、ワイヤーでホールを伝う配管と繋いで空中に浮いている。落ちたら下層階の底まで何百メタリあるだろうか。本来はマシンを止めて駐車場も兼ね、改造もここでやっていた。マシンがなくなって道具だけ転がっているのを見ると、ここから飛び降りたくなる。
昔はマシンを持っていなかった。マシンを借りては壊して。あのときは、サンドペパーは毎日のようにポケットに詰まっていた。パテ盛りして、塗装して。傷ぐらいならなんとかなったが、大破したこともある。
ちゃんとしたチューニングも知らないマルコはマシンがシンクロ能力を駆使しても、上手く走らないからと自分の能力の低さを呪っていた。俺がマシンの整備を覚えたのもマルコと一緒に何らかの形でレースに関わっていたかったからだ。
そのうち修理代が尽きて、レースにも出られなくなった。マシンを走らせていないときの俺たちは何て間抜けで腑抜けで、滑稽なのか。同級生も次々に、安定した仕事が見つかり、世帯を持った。
いつまでも、下層階の低賃金の汗水かくような肉体労働なんかしないで、上層階に行って楽な仕事を見つけろよと言われた。実際、機転のきく奴や、ずる賢い奴、要領のいい奴なんかは、上層階に行った。
上層階でもリングに近いほど、仕事はある。上層階のタワー近郊に行く程、下層階の人間というだけで仕事そのものが貰えないが、そんなところに行かなくても上層階の低賃金と下層階の低賃金ではわけが違うから行く必要もない。
俺は決心して家を手放したんだ。そして今の家と呼べない配管の隙間に家を作った。売れた物件の価値も相当低かったが、中古の廃車寸前のマシンをやっとのことで手に入れたんだ。それが、もう今は取り戻しにも行けない。
マシンのことは忘れようと努めて水しか出ないシャワーを浴びた。天井が低いところに水道管が並ぶ。水道管の一つを自分用に勝手に引き入れて、バルブをつけたので威力のありすぎる水を浴びることになる。
家庭用ではないので、あざができるような水圧だ。足元も水浸しになり、家から水を押し出すのが面倒なので、素早くあがった。穴の空いた作業着に着替えて仮眠した。
ホールの照明が夕方を示すオレンジ色に変わったころに家を出た。相変わらず排ガスの臭いが心地いい。上層階は無臭すぎて息が詰まる。ただ、下層階は寒い。壁という壁、通路という通路が鉄板やらコンクリートなので下層階はいつも上層階と十度以上温度が違う。いい加減下層階にも温度管理システムを導入して欲しい。
みんなぼろ布をコートにしてうろついている。子供が片方だけ靴を履いて元気に駆けていったが、明日には死体になっていることもざらにある。
死体回収ロボが棒状腕で拾い上げてくれたら幸いだが、階段や落ちたら即死するような鉄板の橋が多い下層階にはロボットはなかなか来ない。足を踏み外したロボットが死んでいることの方が多い。
二番ホールに横エレベーターで移動する。ホールが違うと空気もがらっと変わる。交通量の少ない商店の多い二番ホールはまだまともな服をきた人々が食品を買いに来る。俺はマシンがないことに苛立ちを覚えながら、自転車を買おうかと思った。
自分の足で漕ぐというだけで億劫だし、階段や段差の多い下層階ではほぼ使い物にならないが、これから行くバイト先では便利だ。だが、折りたたみ自転車が、ロボットの部品並のぼったくり金額だったのでやめた。上層階にでも売ってろ。
横エレベーターを乗り継いで九番ホールに着いた。ここまで三十分もかかっている。ここから下層階地下行きのエレベーターに乗った。下層階の地下はマスクをしないと排ガスのたまり場で身体に悪いことこの上ない。マスクはエレベーター乗り場で貸してもらえるが、だいたい地下で仕事する人間は自分のマスクを持っている。
エレベーターは非常にゆっくりした速度で十分かけて下層階の地下に着く。下層階で本物の土を踏みしめることができるのはここだけだ。
仕事に来たのは十人ちょっと。それも、皆目的が違うのか、ばらばらに散っていく。かごを背負っているのは、何かを採集するバイトだろう。
スコップやつるはしを持っているのは汚れた土を売る仕事か。金属探知機なんて豪勢なものを持っているのは土に埋まった金属、上手く当てれば宝石なんかが出てくるのかもしれない。だが、それは夢がありすぎる。
俺は、地道に掘るほうが確実だと思うので、イザークが雇用する違法なバイトに行くのだ。革命グループでも特に貧しい人に週替わりで仕事を与えているのだ。
噂ではイザークは実は金持ちだったんじゃないかとも言われる。下層階で金持ちといえば医者ぐらいだ。俺が思うに医者なんかじゃなく、あいつが革命グループを名乗りだす前にリングで出稼ぎに行った分を貯蓄し、分け与えているんだろう。
バイトが行われているのは、ホールの壁伝いだ。壁は監視カメラがついていたが、今はガスが多くて何も映りこむことはない。念のために一基壊したこともあるが、誰も修理に訪れなかった。
ホールの二重の壁に人が這って入れる穴が一箇所だけ空いている。ここを抜けると、例の場所に着く。
ここ九番ホールはエルザス下層階の最南端で、一番壁が薄い上に二重の壁と壁の間の空間がほとんどないに等しい。壁と壁の間でレースもできないほど狭い。ここは一番壁の向こうの
腹ばいになって服を黒い土で汚しながら抜けると、頭をぶつけるほどの通路を進んで行く。すでに
温度はどんどん下がる。好き好んで
人類が
その気候をもたらしたのは、温暖化現象を緩和するために導入した冷却システム、
巨大な冷蔵庫を人類は作ったのだ。要は冷やしすぎたのだ。
今も尚、
しばらく進むと土に霜が降りていて、頭の上には氷柱が現われる。頭からフードをかぶっていても染みる冷たさが伝わってくる。とうとう気温は氷点下以下になる。
中腰から立てる高さの洞窟に到着すると、ちらほらほの暗いブラックライトが灯っている。数人が集まっている。血気盛んなアヒム、大男クレーメンス、レーサーもやっているザームエル。
その中心にいる黒い虎柄のフードを被った青年が我らがリーダーであるイザークだ。
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