第8話 少女監禁の疑い

 今、青年が向かった先は駐車場に残したままの死体の処理に違いない。死体を何に使う気なのか。逃げ出すなら今だが、指名手配されてもおかしくない状況で出ていくのはまずい。青年は物色するなと忠告したがそんなのお門違いだ。青年も俺が言ったことを聞かないと分かっているはずだ、うろうろしたって怒らないだろう。


 まず、さっきの机にしまわれたカルテだが、自動ロックがかかっていて開かない。指紋認証かと思ったが指で机の端に決まった形を描くタイプだ。まあ、青年の患者がどんな人間かなんて興味はない。闇医者に頼るような人間は、今みたいに上層階の病院に行けない俺たちや、表向きよろしくない職業の人間だろう。


 手術室のほかには、さっき青年が行った薬棚の奥に何故か、簡易キッチンや、トイレ、浴槽があったがあまり生活感がない。


 更に奥に照明もついていない真っ暗な病室が両側にいくつかある。突き当りの扉だけ炎を模した照明でも点けているのか、薄っすらほの暗い赤銅しゃくどういろの光が漏れている。


 部屋の中を遮る白いカーテンが揺れた。誰かいる。


 入院患者を覗くなんて趣味は俺にはないのだか、引き返そうとした足音で気づかれたのか、カーテンの隙間から半分、青白い顔の女の子がこちらを見ていたのが垣間見えた。口は固く結び、ほの暗い感情のこもっていない瞳。


 内側から青い電子機器の光を受けてしらあいに光る髪は、霊的で言葉が通じる人間同士であることを忘れさせる。


 ふと照明は消えて、動かないカーテンだけになった。こんなところに女の子が患者としてやってくるわけがないと思いつつ病室に近づいた。扉は外からロックされている。青年が閉じ込めたのか。カーテンは揺れもしない。まるで誰もいないというようにさっきと変わって音沙汰がない。


 仕方なく俺がマルコの元へ引き返すと、マルコの首にメスを突きつけて俺を見下したように笑う青年がいた。


「何の真似だ」


「君がうろうろするのが、悪いんでしょ? ま、うろつくように誘導する発言も悪かったけど、君なら言わなくても嗅ぎ回ると思ってね」


 俺がそのメスをどけろと言う前に青年は反省の色もない顔で自ら手を引っ込めた。


「医者の言うことは絶対だからね。奥の病室には行かないで、彼女は最も治療を必要とする人だ」


 面会禁止というわけだろうか。青年が答えるか分からないが俺はどこが悪いのか、青年の目の色を窺いながら聞いてみた。案の定、質問には答えず、青年はマルコの隣のベッドに駐車場から運んできた死体の状態を確認しはじめた。いつの間にか冷凍処理されていて、死体というより人形のようになっている。


「あの女の子、見たところ立ってただろ。自力で歩けるんなら閉じ込めるべきじゃないだろう」


 青年は一旦手を止めて薄ら笑いを浮かべた。


「ふーん、凄い洞察力だね。俺が外した僅かな時間に。俺が監禁してるのかって聞きたいんでしょ?」


 俺が睨んでいると青年は再び死体に目を落とした。


「誘拐でも監禁でもないよ。閉じ込めてるのは彼女のため。もしかして彼女、何か話した?」


 俺は戸惑いなからもいいやと答えた。


「だろうね」


「年齢は? まだ子供だっただろ」


 青年は一瞬含み笑いをして、年齢ね。何歳だったら納得するのかなと一人呟いた。青年は、あの少女を間違いなく監禁している。でも、何故だ。死体にしか興味のない男が少女を監禁する理由は。死体の使い道を調べたら分かるのかもしれない。が、青年は隠す様子もなく死体を次々電動ノコギリで切断しにかかった。


「ここでするのか!」


「鮮度が大事だからね。それにそろそろ、腕をつけ替えないと」といって、青年は自分二の腕まで返り血のかかった白衣をめくって俺に見せた。


 その腕の色が違うことには気づいていたが、まさか老化してたとは。この男は自分の古くなった身体を部品交換のように交換しているとでもいうのか。そんなばかなことがあるのか。俺の予想を、青年は明日の天気の話をするように平然と言ってのけた。


「まあ、明日辺りにね、俺の腕を死体と取り替える」


「お前バカか」


 発想が馬鹿馬鹿しすぎるのと、それを実行に移す行動力やらその科学力やら、想像を超えてしまい、もはや呆れかえるしかなかった。


「今回が初めてじゃないしね。同時に部分的にだけど若返るんだよ。全身順番に取り替え続ければ」


「何歳なんだよお前」


「身体的には君より若いかもね。死体をエンバーミングしてずっと生前のように保存したい人っているでしょ。なら、生きている間からメンテナンスしてあげればいいんだよ。突き詰めれば不老技術だけど、珍しいことじゃない。普通の病院でお目にかかれないのは、誰も死体の一部と結合したがらないからだよ」


 そりゃ、誰も死体と繋ぎ合わされたいとは思わないだろうと身震いしている横で死体の解体がはじまった。骨の断面図が回転歯の間から見えた。


「脳はどうなるんだ? 脳は取り替えられないだろう」


「老化現象の脳の神経細胞の減少を防ぐには、神経細胞を活発に使えばいい。身体を移植するときに神経も大幅に繋ぎ直して、より刺激を脳まで与えられるように麻酔なしで繋げるんだよ。人前じゃとても見苦しいからお見せできないけどね」


 冗談で言っているような無邪気な表情で、どこまでが本当か分からない。


「まあ、お前が頭おかしいのは分かったから、マルコの足を何とかしてくれよ」


「ギブスは脅す前につけといたよ。あとは自然に治るのを待つしかないね。目が覚めてから痛かったら痛み止めも出すけど、彼の場合必要ないかもね」


「どういう意味だ」


「よく見てみなよ。寝てるよ」


 マルコはずっと意識がないと思っていたが、今は診察台の上で寝息が聞こえる。まじかよ。


「ったく心配させやがって。おい、起きろ」


 マルコは俺のことを寝ぼけ眼で見上げてすぐ、解体されている死体に目を向けた。


「うわ、いてー、うわー、人間バラバラだ! 何やってんだてめー! てか、お前誰だ」


「俺? アーク」


 あっさり自己紹介した。今まで神秘的に振舞っていたのは何だったのか。それとも、マルコの聞き出す能力が長けているのか。


「そうか、俺はマルコヴィッチ、こっちはダニエルことダンちゃんだ」


 プルスマ医者メドサンこと、青年アークは愛想よくよろしくと言うとマルコも、「おう、よろしくな。って何解体してんださっきから、血!」


「さっきから、君うるさいよ」と、案外仲がいいのかもしれない。マルコなら、本気で怒ると思っていたが、自分を手当した相手だとすぐに分かったからだろう。


「何だ、俺たちやっぱレースはダメだったんだな」


 ああ、マルコが落ち込むと思って控えめに答えると、マシンは? と、俺のことも心配してくれた。


「直せるが、今ごろシャルフに応酬されてるだろう。今、俺たちはお尋ね者も同然だ」


 アークのノコギリの音がやんで、細切れの死体を冷凍保管庫にしまっていくのが見えた。


「で、あの変態医者の世話になってんだな。今のは誉め言葉だぜ」


 アークは全く聞いていない様子で冷凍庫に次々収納していく。


「問題は、どうやって下層階に戻るかだ。下層階なら、俺たち下層階仲間を売るようなやつは、ダニー・モーレイぐらいしかいない。いくらでも匿ってもらえる」


「そうか、って、あの爆発、ダニーが仕組んでやがったんじゃないのか? だとしたら許せねぇ」


 マルコは歯も剥き出しで吠え、拳をつき合わせた。


「まず、ダニー・モーレイのことはお前の足が治るまで待て。シャルフに突きだしてやりてえぐらいだが、今の俺たちじゃ無理だ」


 コンクリートの床に目を落として、靴底をごりごりと擦り合わせた。手を組んで、今後のプランをじっくり練った。閃く間もなく、鼻先にぬるっとした風味が漂ってきた。死体を冷凍庫にしまい終えたアークが奥のキッチンで缶詰を開いている。


 上層階も下層階も缶詰が、主食だが上層階にはクローン肉や培養肉、クローン野菜と培養野菜がある分、缶詰だけ食べるということはしないはずなのに、アークは缶詰パン、缶詰トマト(遺伝子組み換え有)、缶詰マリネ、缶詰合成肉という、下層階のようなメニューをトレーにプリンのように乗せていく。


 もしかして、俺たち下層階組の分かと不愉快に見ていると、そのトレーは奥の病室の少女に持っていくようだ。


「医者の癖に貧乏人かよ」と、マルコが小馬鹿にした。


 アークはそれから少女の病室から五分ほど出てこなかった。照明は先ほどとは違って黄色く傾いており上層階の朝日を彷彿とさせる。アークが空のトレーを引き上げて来ながら俺をまじまじと見下ろした。


「君たち何時に帰るの?」


「匿ってくれねーのかよ」


 マルコが怒鳴るのを俺は制止した。

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