第7話 青年の家

 車は、意気揚々とビルを縫って人通りの多い通りに出た。こんな怪しい車が大通りを通っていいのか。道中、地下通路の階段を浮遊モードに切り替え、ふわふわと下っていく。


「なんだ、金持ちのくせに『浮遊モード弱』しか搭載してねぇのか」


 青年は自動運転中は、肘掛椅子から自動で差し出されたアイスティーを飲んで優雅に過ごしている。


「君達みたいに、空を駆け回る趣味はないからね。弱で十分さ」


 内装は、割と悪くないが、俺としてはもっと馬力を出させてやりたいなとも思った。マルコならこの車とシンクロして何を感じ取るだろうか。マシンも死体を乗せられて毎日消臭システムから腐臭を吸わされうんざりしているかもしれない。


「代金の話なんだが、ATMも身分証がいるだろ上層は。金はあっても引き出せない。だから、こういうのはどうだ。お前のこの車を改造してやる」


「却下。取引が下手だね」


 アイスティーのグラスから滴り落ちる結露を青年は丁寧に手ぬぐいで拭き取った。俺は無言になった。地下通路から、地上に出ると、ガラスのトンネルを潜って郊外の工場地帯に来ていた。大型飛行車が上を飛んでいくのは、恐怖すら感じる。


 空中交通法では大型飛行車は荷物を載積する量に応じて落下物の危険性から下位レーン(高さ0メタリから50メタリ未満)を走らなければならない。つまり浮いていい高さ制限がある。


 ところがここは中位レーン(高さ50メタリ以上から150メタリ)を大型飛行車が走っている上層階の無法地帯だ。途中で電気屋の商店で、枠のないテレビから速報が流れているのが見えた。ど派手な爆発と俺たちの執行(シャ)警察(ルフ)のチェイスが映し出されていた。


「ラジオあるか?」


 青年はしぶしぶ、ラジオではなくミニモニターを卓上に出した。車内にミニモニターがあるのは、自動運転車だけだ。どのチャンネルも違法レースで持ちきりだ。まだどのレーサーも顔は割れていないが、目的はどうあれ殊更、下層階の住民の仕業だと強調する内容だった。


 下層階の連中なら、してやったという喜びと憤りの両方を複雑に感じ取れる。ロボットキャスターは無表情のまま内容を淡々と伝えていき、必ずレース参加者全員を逮捕、または射殺することを宣言した。


 飛行車は通りに面していない、裏路地に入った。さっきまでぽつりぽつりと並んでいた商店はなりを潜め、コンクリートの壁ばかりが続く路地に溶け込む白い平たな円柱形の建物の前で止まった。


 二階に続くガラス張りのチューブのエレベーターが外から見えるようになっている。平たい砂時計のようなデザインだ。バックで一階の駐車場に入った。


「マルコ着いたぞ」


 依然としてマルコの意識は戻らない。担いで、案内されるまま扉からロビーへ抜けた。家、兼隠れた診療所のようだ。開放的な白い一階ロビーは、さすが上層階というべきか、床の大理石から、青い刺繍の入ったカーテンまで含めて高級感がある。


 中央に外からも見えた二階へ繋がるチューブ型のエレベーターが見える。エレベーターに乗せられ、チューブの中から、簡素なコンクリート質の壁に囲まれた地下に向かう。


 地下は無機質なコンクリートの部屋が続きいくつかベッドがある。研究室兼、病院といった感じで、誰も薄暗い地下の病院に来たがらないだろう。剥き出しの電動ノコギリや、机に並べられたおびただしい数のメスは、いつでも手軽に触れられる配置なのか、それともインテリアのつもりなのだろうか。


 マルコをできるだけそうした器具から遠ざけるように一番青年の机から遠いベッドに寝かせた。青年は見届けることなく、薬剤の並んだ棚をすり抜け、部屋の奥に消えたが、紅茶を手にして戻ってきて、それを机に置いた。そのとき、誰かのカルテのようなものを、素早く机にしまいこんで、注視していた俺に釘を刺した。


「仮にも匿ってあげるわけだから、ここの物には一切手をつけないで」


「誰が触るかよ」


 どうせ触るんでしょ? というような嫌らしい笑みを浮かべて青年はエレベーターに戻っていった。まあ、物色するつもりはないが、マルコをこんなところにつれてきたのは間違いないかもしれないと薄々思った。


 薬品の臭いのする地下は、底冷えも相まって限られた灯りで浮かび上がるように存在している。床も塗装はされていないし、こんな人気のないところで手術される人間は、もし死んでしまっても誰にもそのことを伝えられずに亡くなるのかもしれない。

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