第5話 墜落
レーサーの中で爆破を免れ先頭のダニー・モーレイに追いついたマシンがいた。左右から追い抜き、車体の後ろから大きな網を落とした。昔の職業ホログラムでしか見たことがない、『漁業』とやらのように、ダニー・モーレイはもちろん、ダニー・モーレイに破壊されたマシンも網にかかっていく。
覆面の
「レース自体がシャルフにばれてた。逃げるぞ。」こうなったら、一位も二位もない。
「ここまで来て? そりゃねぇだろ」
この世の終わりだというように顔を歪めたマルコのくわえた煙草を取り上げる。
「捕まったら元も子もない。それに見ろ。何人死んでる?」
網にかかって燃えているマシンにはウォータージェットをかけることすらしていないのだ。上層階の人間は下層階の人間が死ぬことを何とも思っていない。
「わかった」
マシンが軽やかにUターンする。下層階へと進路は滑らかに滑っていく。
上層階全土に響き渡るほどの巨大なサイレンが鳴った。ビルに反響してびりびりと車体にも振動が来るほどだ。下層階と上層階を繋ぐリングの閉鎖、下層階のホールをリングの弁で閉じる警告音だ。
「まじかよ」
「レースがばれてたとしたら、遅いぐらいだ。あのタワーの一網打尽も、パフォーマンスだろうな」
膜のような弁が閉まる。遠くからだとゆっくりに見えていたが、間近では早い。
急げ、だめだ、しまった、ぶつかる。マルコの急ブレーキ。かろうじて浮き上がったマシン。隣の弁も間に合わない。
「向こうも間に合わねーな」
「あいつら馬鹿か! 住宅街だぞ」
マシンはガラスの屋根を突き破り、鉄の階段を馬鹿みたいに蹴散らし、一緒にどこかの家庭に突っ込み、リビングを突き抜けた。ベランダでひっかかったが、きしんで落ちた。おまけに、下の空中商店の、ネオンのアーチを押し下げ、さらに落ちる。
何台か、クラクションを鳴らされ、タクシーにかすった。縦に横に回転した。俺たちの頭も肩も窓や座席にぶつけて、マルコの煙草が宙を舞う。マルコと、絡み合い、投げ出されまいと、開いたドアを閉め直そうと腕を伸ばし、造花の花瓶が車内に入ってきた。花屋に落ちたのだ。
巨大な造花に押し留められたかに思えたが、またしても車体は傾き出す。マルコと折り重なっているから、体重が片側に寄っているせいだ。
「マルコ、頼むどいてくれ」
マルコの意識がない。道理でマシンがふらふらなのだ。俺の揺さぶりも虚しく、花屋の店主の驚いた叫び声とともに車体は、また落ちた。が、突き上げる衝撃。脛椎を走る痛みに目が霞む。頭が痛み出して、重力にどっと疲れた。いつの間にか止まっている。
マシンから、煙がくすぶった。なんて観察していると、途端に火の粉が吹き出た。慌ててマルコを先に押しだして、這い出た。マルコは、反応しない。誰か呼ぶべきだが、
周りは人口池があるが、黒い水が溜まり、観光地を装ったつもりが、人も寄りつかないような寂れた都会の田舎風になっている。土不足の上層階には、土色に塗ったカーボンのアスファルト。色落ちして今は黒い。
人工芝は、遠くから見ても偽物だとわかるぐらい、放置され、地面に固定した金具まで見えている。右は下層階にも繋がるゴミ管。ゴミ箱と違って、中に切り刻むミキサーがあるから、帰りたくても入れない。俺たちのマシンのほかにも、何台か、車が乗り捨てられている。
小魚型ロボットを釣るための磁石つきの釣竿も落ちていた。誰もここを掃除しないらしい。まるで、下層階だ。まあ、下層階には、カーボンのアスファルトもないし、そもそも、土色の工夫をしたりしない。素材はそのまま素材のままだし、土は最下層で危険を犯して掘り当てれば出てくる。
小型の掃除ロボットがやってきたが、マシンや、釣竿は無視してその回りだけを定期的に回転しながら吸い上げていく。長い針金や、俺たちのマシンの外れたドアなどは、大きすぎるのか完全に無視だ。
下層階の部屋掃除ロボットと同じじゃねぇか。下層階には、外掃除ロボットはいないが。マシンはここに乗り捨てていくしかない。上層階で牽引車なんて呼べるわけもない。今までのレースにも全て参加してきたマシンだ。名残惜しいがそれも仕方がない。
元々はマルコのために買ったマシンだったがマルコの方が先決だ。
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