第4話 爆発

 北に向かう。アスファルトは白い。太陽を照り返して目が霞む。青い空をそのまま貼りつけたビルの窓が俺たちの残像を順に追って行く。


 もうツインタワーが見えている。遠くでサイレンが鳴り響く。とうとうシャルフのお出ましだ。青い飛行車体に、青いサイレン。燃料にガソリンを使っていないのでエンジン音はほとんどしない。容疑者に対しては予告なく撃ってくることから処刑人シャルフと呼ばれる。犯罪者は逮捕、または射殺が許可されている。


 早速撃って来た。真っ先に餌食になったのは、後方のレーサー。次々に銃撃戦になっていく。窓を開けて助手席の人間が応戦するので、二人乗りのレースなのだ。俺もすでに弾を装填してあるアサルトライフルの安全装置を外す。


 執行シャ警察ルフの装備は弾の必要のない超高圧ウォーター水弾ジェットで、通常、陸上ではベルトを通して背中に水のタンクを背負う。厄介なのは、マシンそのものにも、ウォータージェットをガジェットとして装備していることだ。


 執行シャ警察ルフ飛行車マシンは燃料電池が動力源なので、排出された不要な水を余すことなく車体前方に搭載されたノズルからウォータージェットで発射できる。


 撃ってきた。発射音は消化ホースの音に似ている。マルコがハンドルを切る。マシンが傾く。遠心力に乗って、窓から身を乗り出し撃ち返す。当たりはしなかったが、こちらもうまくかわせた。


「容赦ねーな」


「いや、俺たちが、かわすのを見越して撃ってきた。上層階民に見せるパフォーマンスだ。当たってたら俺たちが落下して市街地にも被害が出る」


「はーん、俺たちは見せ物かよ。だったら」 マルコが高度を市街地まで下げる。


「派手に見せてやろうぜ」


 こちらは遠回りになるが、市街地ならもむやみにガジェットを使用しないはずだ。タワーを駆け上がるダニー・モーレイのマシンが見える。執行シャ警察ルフが俺たちについてきた。後続車が、チャンスとばかりにタワーに登っていく。


「ビリだなんて、思うなよダンちゃん」


 信号を無視して交差点に突っ込む。俺たちに驚いた飛行車が、衝突する。執行シャ警察ルフは、事故車を軽く飛び越えたが、上の空間を走っていたマシンと衝突した。まずは一台破壊と。マシンを右へ左へかわし、タワーの足下を目指す。


 脇を抜けるように、対向車もものともせず間を縫ってきた一台が強力な体当たりをかましてきた。ぐわんと、マルコが全身を揺らし受け流す。


 シンクロしたマシンも、同じように衝撃を受け流した。だが、反対からも新たな執行シャ警察ルフが、フロントから突っ込んできた。衝撃に、マルコの顔が歪む。ドアが凹んだのが分かった。二台に挟まれた。


「上だ」


 マルコが、ハンドルを手前に持ち上げる。上昇したことで、僅かに二台との隙間ができた瞬間、上下に揺さぶる。片方の車体が俺たちについてこられなくなった。マルコがアクセルを踏む。大きく飛び出し、ビルのエントランスを、突き破る。


 サイドブレーキをうまく使ってマルコが空中ドリフトを決める。エントランスをかき回して、ホバリングし、ビルをあとにする。唖然とした上層階の住人にあばよと手を振るマルコ。だが、まだもう一台がエントランス上空で待ち構えていた。


 蛇行しながら上昇し、どの道を選ぶか混乱させながら、左折しようとする車の列の上をホバリングする。ときどき、わざと高級車の屋根を蹴りあげるように上昇した。ほかのレーサーが、タワーに登り始めたのが見える。俺たちについている執行シャ警察ルフも、タワーに向かう。


「待て待て。先回りされたんじゃたまんねぇな」


 執行シャ警察ルフを追う形になった。ところが、見せかけだった。執行シャ警察ルフは、すぐにターンして俺たちのマシンに向き合う。正面から撃ってきた。マルコが、近くを走っていた、マシンにドリフトでマシンの後部をぶつけて、無理やり方向転換することでかわした。通りすがりのマシンには悪いことをした。


 俺はアサルトライフルをぶっ放した。エンジン部分を貫通する。執行シャ警察ルフのエンジンが停止し、制御の利かない車体は下の車列に落ちていった。下のマシンと接触してクラッシュする。タワーを見上げると、一位に躍り出ているのはダニー・モーレイのマシンだった。


 おかしなことに、奴のマシンは執行シャ警察ルフの追跡を泳ぐようにかわしていく。まるで執行シャ警察ルフの方から避けているみたいだ。ここから追い上げるのは相当難しい。ゴーグルを外して俺は目を細めた。


 そのとき、タワーを猛進する先頭のダニー・モーレイのマシンから、車体の下に取りつけられた荷が落ちたのが見えた。重力に従って後続のマシンのフロントガラスを直撃する。赤い閃光。その瞬間、眩しくて目をつぶった。


 爆発音。


 フロンントガラスに響く衝撃。あっけらかんとなった空が青い。黒ずんだマシンが次々降ってくる。その音の断片になった破片が俺たちのところまで降って、マシンの天井にぐさりと貫通した。幸い後部座席だ。


 まさか、積んでいたのは爆弾か。赤い火の粉が羽のように舞い降りてくる。黒煙が強風に煽られ真横になびいている


「あんの、野郎! ありゃなんだ! テロでもおっぱじめるのか?」


「俺たちもそれに近いレースをしてるけどな。しかし、後ろのやつ、ただじゃすまないな」


 レースで死人が出ることは不思議ではないのだが、これはさすがにまずい。誰の責任か? となった場合個人ではなく責められるのは下層階そのものだろう。ダニー・モーレイめとんでもないことをやってくれた。

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