第40話 この先へ
「僕たちに、心の
それは確かに気になっていたものの、ついぞ答えの見つからなかった疑問でした。マリーゴールドは少し考えた後、隠さず本心のまま答えます。
「それは……罰だったのかと…。かつてただの
「えっ、まさかそんな風に思っていたのですか!?」
それまで穏やかな口調で話していたアルビナが、慌てて口を挟みました。マリーゴールドは驚いて顔を上げます。
「わたくしがあなたたちに心の欠片を与えたのは、あなたたちを信じていたからです。砕けた心の欠片の中でも、黒く染まり切らなかった部分…、その中からランに、“慈しみ”の感情を。そしてマリーには“愛する”感情を託しました。」
「………愛??」
マリーゴールドは耳を疑いました。主人の言葉ですが、まさか自分のこの心が愛の感情によってできているなどと、到底信じられません。
「わたくしは孤独のうちに
ランはアルビナの言葉を聞き終わるとこくりと頷き、
「姫様のお考え、知ることが出来てとても嬉しく思います。姫様からお預かりした心は、僕たちがしっかりとお守りしてきました。こちらを今すぐお返ししましょう。そうすれば姫様はまた…」
「いいえ、ラン。それはあなたたちに預けたのではなく託したのです。もう私のものではありませんし、これからもあなたたちが持っていてくれるのが私の望みです。…だからもう、借り物だ偽物だなどと、自分を卑下しないでくださいね。あなたたちのそれは、私から切り離した時よりもずっと…美しく、
マリーゴールドとランは
アルビナは姿を失った代わりに、自分の意識が溶け込んだこの
そう、最後に大きな一仕事が残っていました。
真っ暗なこの空間は、サンクチュアリだった場所に他なりません。アルビナとディアナというふたつの核が砕けてしまったことで、崩壊してしまったかつての聖域。ほとんど飲み込まれかけている状態ですが、まだ希望はあります。自分をイメージするよりもはるかに困難ですが、やるしかありません。
「…さぁ、帰ろう。みんなのサンクチュアリへ。」
(だけど、あと少し……これでは足りない……)
徒花姫たちは黒い靄に何度も押し返されながら、諦めずに抗い続けていました。
その様子を見ていたアルビナは再び視点を切り替え、ランとマリーゴールドに向かって改まって語り掛けました。
「…いつも
「…わかりましたわ。…では姫様、
「なんでしょう?」
マリーゴールドの思いがけない申し出に、アルビナが首を傾げたような雰囲気が伝わってきます。
「…姫様がここに来る少し前、門番も姿なき状態で現れました。ほぼ消えかけていましたが、まだ近くにいるかもしれません。すぐに探して、会ってくださいませ。今を逃したら、もう…」
「…そうですね、……ありがとう。わかりました。」
アルビナは柔らかい声で小さく嚙み締めるように呟きました。
「…さようなら。姫様。」
ランとマリーゴールドは自らの主人に
「さようなら。わたくしのかわいい子たち。どうか、お元気で…。」
微かに聞こえたそんな言葉を背に、二人のドレッサーは黒い靄の中を不思議な風に包まれて一気に飛ばされていきました。
「……ラン。」
風を切りながら長いスカートを
「
「…そうだね。」
ランも少し赤くなった瞳を潤ませ、掠れた声で応えます。
「ぼくらも、変わっていかなければね。」
二人は流星のように弧を描いて、一直線に徒花姫たちのもとに落ちていきました。そして手を繋いで立っている彼女たちの円の中央に立ち上がると、虚空を見上げて手を差し伸べます。途端に辺りを包む光の眩しさが増していき、何もかもが光の中へ沈んでいく
靄の中、
(あたたかい……)
サンクチュアリが再構成されるということは、この黒い
(ああ、ディアナ…わたくしたち……何百年もお互いに耐えたのに…。)
靄の中でディアナの記憶と溶け合ったことで、アルビナにはわかっていました。彼女がサンクチュアリという世界創造と引き換えに、心と記憶を失っていたこと。そしてアルビナの心が砕けた後に記憶を取り戻し、もう一度再会するために徒花姫たちを招き続けたこと。
彼女は自分の願いのためにたくさんのものを巻き込みすぎました。到底許されることではありませんし、客観的に見ればこれはふさわしい幕引きなのかもしれません。それでもこれは…アルビナの他には何も知らなかったディアナの…最初で最後の、たったひとつの我儘だったのです。
(約束、しましたものね。いつか一緒に、人目を気にせずお茶会をしましょうって。それを守るためにあなたは…頑張ってくれたのですよね、ディアナ…)
辺りに満ちていく光の中に、再び聖域が生まれていきます。今までと同じようで全然違う世界。
“アルビナ”
ゆっくりと消えゆく意識の中、不意に名前を呼ばれます。はっと覚醒するとすぐ傍にディアナの存在を感じました。言葉もなく二人は透明な体で抱き合い、固く手を繋ぎます。もう二度と離れないように。
双子姫は穏やかな表情で顔を寄せ合い、目を閉じて光の中に溶けていきました。
エピローグへつづく
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