第36話 黒い靄
日毎に黒い
狭い場所に一人でいることには慣れていました。それなのにこんなに胸が痛むのはきっと、あなたを知ってしまったから。どうせすぐに失うのなら、出会わなければよかったのに。そんなふうに思ってしまう、私は何て醜いのでしょう。あなたのためではなくて、ずっと自分のために悲しんでいる。このまま消えてしまいたい。
そんなことをぐるぐると考えながら蹲っていた私の耳に、聞こえてきたものがありました。時折届く、現実世界の物音。それはあなたの死を嘆き悲しむ人々の聖歌でした。私がついぞ信じることのできなかった、神とかいう存在への祈りの歌。
「姫様はきっと神様に愛されすぎてしまったんだ。お
誰かの言葉に私は耳を疑い、抑えきれないほどに怒りが湧き上がっていくのを感じました。私を見殺しにし続ける神。そんな理由であの子を奪っていたのだとしたら到底、許せない。なんて残酷な。
憎悪を瞳に宿し顔を上げると、周囲の黒い靄が集まって新たな形になりました。中に激しい炎を宿した黒い鳥籠。私はそれを持って立ち上がり、闇に
捕まえなきゃ。青い小鳥を。
取り戻さなきゃ。神の手も届かぬ場所へ。
捕まえて、隠して、逃げられないように、今度こそどこへも行かないように、鳥籠の中にしっかりしっかり
私はどうなってもかまわないから。心も命も魂も、なんだって捧げますから。
あなたを、もう一度――――!!
大それた願いの反動なのか代償なのか、記憶はそこで途切れ、その後何が起こったのかわかりません。それでもどうやら私は彼女の魂を引きずり出し、このサンクチュアリという鳥籠に閉じ込めることに成功したのです。
だけど約束は、叶いませんでした。
次に私が目覚めた時に見たのは、何百年という長い年月の中を孤独に暮らし、心の芯まで黒く見る影もないほどに変貌しきって壊れてしまった後のあなたの姿だったのですから。
****
地上では全ての徒花姫たちと最後のドレッサーであるランが、異様な雰囲気で降下していく人影を見上げていました。
館の門の前には
落ちていくのは、門番の少女。黒い靄のようなものに包まれて、気を失っているようです。それだけでも大変な事態でしたが、彼女に
「……!あれは…!!」
状況は全く分かりませんでしたが、彼女こそ今まさに探しているはじまりの徒花姫。サンクチュアリの心臓たる存在ではありませんか。
(目覚めていたのか…!いや、それより!)
ランは考えるより先に
「草花よ、生い茂れ!
先程マリーゴールドを蘇らせようとして力を使い果たしたばかりなので、これは無理を重ねた賭けでした。
「ランさん!?」
「……ランをお願い。」
ランを心配していつのまにか隣に来ていた一華姫は蒲公英姫にぽつりとそう言うと、真っ青な顔で先程姫たちが落下した方へと一目散に走っていきました。はじまりの徒花姫が門番に連れ去られたことを知っていたのは彼女だけでしたから、なすすべがなかったとはいえ、こうなったことに責任を感じていたのです。
(あんな高いところから落ちてしまったら、いくらなんでも……)
浮かんでくる嫌な考えを振り払うように無言で茂りに茂った草花の間を必死にかき分けていきます。慌てて追ってきた蒲公英姫以外の徒花姫たちも一緒になって手伝い始めました。
「こっちにはいない!」
「こっちも…!結ビちゃんは!?」
「あ、え、えっと…」
尋ねられて結ビ姫は、目の前の光景をどう説明したものかと考えていました。
かき分けた草の間、彼女の目の前に現れたのは
そしてその胸の前には恐ろしい輝きを
はじまりの徒花姫は立ち尽くしている結ビ姫に気が付くと、震える唇をやっとのことで動かし言いました。
「……ごめんな…さい……早く…逃げ…て……」
彼女が言い終わる前に黒い靄は一気に溢れ出し、結ビ姫を、近くにいたほかの徒花姫たちを、
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