第35話 籠の中の少女
ずっと鉄格子の向こうの青い空を見上げて生きていました。
冷たい石の壁に囲まれた牢獄のような小さな部屋。それが私の知る世界の全て。
固く閉ざされた扉は一日に二回開き、ヴェールで顔を隠した召使が淡々と食事を運んできます。たまに水浴びさせられたり、着替えさせられたりもしました。私は人形のようになされるがまま。
何一つ言葉をしゃべれませんでした。だって聞いたことがなかった。
もちろん文字も読めない。行儀も知らない。
自分が何者なのかも。どうしてここにいるのかも。
私はただここで、最低限の世話をされ続けた。死んだところで別に構わなかったのでしょう。殺すことができないから、言い訳のように飼育されていた。
意外なことに、それほど辛くはありませんでした。だって私にとってはそれが当たり前だったから。
だけどある日、閉ざされた扉がいつもと違う時間に空いて…
長い金髪の少女が顔を出し、心底驚いた表情で言いました。
「あなたはだぁれ?どうしてこんなところにいるの?」
初めて聞く言葉。もちろん意味なんて分かりませんでしたが、それでもその可憐な声色と優しい眼差しは、私の世界を一変させるのに十分すぎたのです。
あなたはそれ以来、時々私を訪ねてはいろいろなことを教えてくれました。何もできない私を幼心に見兼ねたのかもしれません。とても優しい人でしたから。
たどたどしくも、簡単な言葉なら喋れるようになりました。
食事や着替えの仕方。読み書き。歌。お人形遊び。
全て、全てあなたが私に与えたもの。
会えない多くの時間を、私はずっとあなたのことを考えて過ごすようになりました。召使たちの前では以前通り、何も変わらぬふりをして。
あなたは私の太陽。喜び。悲しみ。生きる意味。世界そのもの、だったのです。
だけど私はある日、あなたに貸してもらって覗き込んだ鏡の中、初めて知ったのです。自分の顔の造形があなたと本当に瓜二つだということを。
「……今までずっと黙っていたけれど、わたくしはこのお城の姫なの。」
あなたは華奢な手をぎゅっと握りしめて言いました。
「最初あなたを見た時は本当にびっくりしたわ。…きっとわたくしたち、双子の姉妹なのよ。」
姉妹?この私と、美しいあなたが?同じ血を分けた姉妹だと?
「わたくし、聞いたことがあるの。王家の双子は災いをもたらすから、片方しか育ててはならないって決まりがあるんですって。だから…」
到底信じられない私に、あなたは泣きながら謝りました。
「ごめんなさい、あなたがこんなところに閉じ込められているのは…わたくしのせいだったんだわ…」
それ以来、私の心には黒い染みがひとつ生まれました。
私はこの王国のお姫様だったの?あの子さえいなければ…自由に外へ出て駆けまわれるような。そんなふうに生きれたかもしれないの?
私に全てを与えてくれたのはあなた。…私から全てを奪ったのも、あなた?
知らなければよかったと心の底から思いました。知らなければ、こんな相反する二つの感情の中で切り裂かれそうになることもなかったのに。
どうして私達はこのようにしかなれなかったのだろう。
どうしてどうしてどうして。
あなたが羨ましい。恨めしい。憎い。
だけど、だけどそれ以上に
憧れています。お慕いしています。
愛して、います。
それからあなたが何の前触れもなく訪れなくなってしばらく経ちました。私は食事にも手を付けず、以前のように鉄格子の向こうの空をぼんやりと眺めるだけの生活を送っていました。
窓辺に青い小鳥がとまり美しい声で
扉の向こう、誰かが階段を上ってくる音が聞こえました。日の傾きを見るに、もうすぐ召使が食事を運んでくる時間です。微動だにせずに待っていた私は、ふといつもより足音がたくさん聞こえることに気が付きました。
扉が開くと現れた十人ほどの召使たちは、異様な雰囲気で私を見つめると、私の身体を抱えて部屋の外へ連れ出しました。あまりの出来事に呆然としながら、私は何気なく、下っていく螺旋階段の途中にあった窓の外を見ました。
初めて見る緑の森。お城の美しい庭園。そして―――庭園を進む黒い人々の列。
それがあなたの葬列であったと知るのはもう少し後のこと。つまり私は病に
「お花いっぱいの美しい庭園でね、ゆっくり二人でお茶会をしましょう。わたくしたちは堂々と、誰の目も気にせずに過ごすの。きっといつか。約束ね!」
いつかあなたと交わしたそんな約束も、もはや叶う望みなく。心の中からは一切の光が失われ、現実世界の全ては考えるに値しない
どうしたらあなたにもう一度会える?一体どうしたら…。
気付くと暗闇に座り込む私の周りには、いつのまにか黒い
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