第24話 夜

 それはいつもと何も変わらぬ温かく穏やかな光景。

 サンクチュアリに何かが起こる予感なんてものは一切なく、その時も三人の徒花姫あだばなひめたちはいつものようにお茶会用のテーブルを囲んで座っていました。


 これは何度目のお茶会?

 そんなことはもう誰にもわかりません。


 沈まない太陽、変わらない季節、移ろわない世界の中、心地の良い微睡まどろみに見る夢のように全ては曖昧あいまいに溶けてしまうのでした。



 蒲公英姫たんぽぽひめは静かに座って本を読み、結ビ姫むすびひめは何をするでもなく時折思い出したかのように首元のリボンをいじって遊んでいます。一方舞胡蝶姫まいこちょうひめは何やら小さな声でうなりながら、難しい顔をして腕組みをしていました。


 「……おかしいな、いつもだったらすぐ来てくれるのに。」


 彼女たちはお茶会の準備を頼むため、マリーゴールドが現れるのをここでずっと待っているのでした。普段ならば呼べば一瞬で現れるマリーゴールドが、どういうわけか一向に来る気配がないのです。舞胡蝶姫はついに待ちくたびれて、何も物が置かれていないテーブルの上に力なく突っ伏しました。


 「むー、お腹すいたよぉ!」


 「まぁまぁ。マリーさんはいろいろ忙しいんだよ。」


 蒲公英姫は本から顔を上げて微笑みました。


 「舞胡蝶姫も読書でもする?待ってる間も楽しいよ。結ビ姫もどう?」


 「ありがとう。」


 結ビ姫は渡された本を受け取って、そのまま素直に読み始めました。ですが舞胡蝶姫は「お腹が空いてたら読書なんかできないよぉ…。」と言って、すねたように頬を膨らませます。


 「もう、舞胡蝶姫ったら…」


 蒲公英姫が肩をすくめて苦笑いしたその時です。



 急に地鳴りのような音がして、地面が小刻みに揺れ始めました。



 「わ?何!?」


 「揺れてる…?!」


 舞胡蝶姫と蒲公英姫は反射的に急いで机の下に潜り込みます。


 「結ビちゃんも早く!危ないよ!」


 全く意にかいさず読書を続けている結ビ姫を必死で呼ぶと、彼女はきょとんとした顔で言いました。


 「……?どうして?危ないって…何が?」


 彼女の言う通り、ここは大庭園のど真ん中。周りに落ちてくるようなものは何もなさそうです。机にもぐっていた二人は顔を見合わせて苦笑いすると、ごそごそと這い出てきました。


 遥か彼方から遠雷えんらいのような地鳴りが聞こえてきます。地面の揺れはまだ感じますが、かなり小刻みなので立つのに支障はありません。


 「……なんだろうね?」


 蒲公英姫と舞胡蝶姫が一緒に首を傾げていると、今度は突然辺りが真っ暗な闇に包まれました。驚いて戸惑っている舞胡蝶姫の傍に寄り添うように、本を読むのをあきらめざるを得なかった結ビ姫がたたずみます。暗闇に目が慣れた頃、頭上を見上げると輝く星空が見えました。


 「あれ…?サンクチュアリには夜はないはず…だよね?」


 「ボク…なんだか怖い…。」


 舞胡蝶姫は不安そうに、二人の友人の手を握りました。蒲公英姫は結ビ姫に念のため尋ねます。


 「結ビ姫、今までにこんなことってあった?」


 「いいえ。こんなのははじめて。なんだか…ちょっとヘン。」


 その言葉に、舞胡蝶姫ははっとして急にそわそわとし始めました。


 「もしかしてマリーが全然来ないのとも関係あるのかな…。心配だから、ボクちょっと見てくる!」


 「えっ、待って…!」


 唐突に走り出した舞胡蝶姫を蒲公英姫は追いかけようとしましたが、暗闇のせいですぐに見失ってしまいました。


 「もう!さっきまで怖いとか言ってたじゃない…」


 頭を抱えた蒲公英姫の肩を、結ビ姫がちょいちょいと指でつつきます。


 「あの…そういえばランタン、持って来てたんだった…。パジャマパーティで使うかもと思って…」


 「ホント?!じゃあそれを持ってすぐに追いかけよう!」


 ランタンさえあれば暗い森でも目先の範囲くらいは照らすことができるでしょう。二人は手をつないで注意深く、夜の森の暗がりへ足を踏み入れました。


 


 門番の少女はぼんやりと光る鳥籠を灯りにして、森の中を歩き回っていました。早く絵本を取り戻さなくてはならないのに、こうも暗くてはマリーゴールドを見つけることすらままなりません。普段ならばドレッサーや徒花姫の居場所は気配で探ることも出来ましたが、今は心がさざ波立っているせいかそんな能力もまるで役に立たないのでした。


 門番の少女にとって暗闇とはまわしきものでした。久しく忘れていた嫌悪感がじわじわと胸に苦々しく広がっていきます。


 (嫌悪感?……違う、これは…恐怖…)


 思い出すのはあまり日も差さない暗くて陰気な部屋。


 重苦しい静寂。


 石の壁の冷たい温度。


 それら全てを吹き飛ばす太陽のような笑顔で、鉄格子てつごうしの外の世界へ連れ出してくれたのが彼女でした。彼女と再び会うために、何百年という時を越えてきたのです。それを今更こんな形で台無しにされるわけにはいきません。


 焦燥しょうそうしきった心にマリーゴールドへの怒りがふつふつと沸き上がっていきました。

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