第20話 ひとつの真相

 時間の概念がいねんのないサンクチュアリには、昨日も明日もありません。沈まない太陽、咲き続ける花。だけど全てが不変なわけではありません。


 ある時ランはふと、庭園の徒花姫あだばなひめが少なくなっているのに気付きました。彼女たちとはほとんど顔を合わせないようにしていたので勘違いかもと思いましたが、念のためマリーゴールドに話を聞いてみることにしました。彼女と話すのは実は門番の少女との口論こうろんの時以来でした。 


 「あらぁ、ランじゃないですか。こそこそ逃げ回るのはもうやめましたの?」


 様々な徒花姫たちと過ごした影響か、久々に対峙たいじした彼女の印象は少し変わっていました。悲嘆に暮れていた面影はもうなく、常にニヤニヤと茶化すような態度で、何を考えているのかよくわかりません。その変化に驚きつつも、ランはつとめて表情を変えずに率直に尋ねます。


 「マリーゴールド、一時期に比べて徒花姫の数が少し減っていないだろうか?」


 「ええ、減ってますわよ。…近頃はだいぶ静かになったものですわ。」


 返ってきた言葉に、ランの頭にはかつて“心臓”に起こったことがよぎりました。


 「それは…もしかして、彼女たちも“心臓”と同じような状態になってしまったということかい?」


 「厳密に言うと違いますわ。」


 マリーゴールドは無言で何か考えた後、少しかがんでランの耳元に口を寄せました。


 「彼女たちは…急にいなくなってしまったのです。体は残さず、幻のように。」


 「…なんだって?」


 不穏な報告に思わず背筋が凍ります。ランはざわざわと嫌な予感が足元からこみあげてくるのを感じていました。マリーゴールドは「これはわたくしの仮説ですけれど」と前置きしてから後ろを向いて続きを話し始めました。


 「あなた、徒花姫たちがサンクチュアリにやって来た時に、門番から魔法の本を渡されているのはご存じ?」


 「それは…“心臓”が持っていたのと同じようなものかい?」


 「そうですわ。行動が勝手に記録されていく、いわば自分の物語の絵本。」


 穏やかな風の中、振り返ったメイドは小さな声で囁きました。


 「あの本はおそらく、徒花姫の命そのものですわ。」





 ランは一人庭園を歩きながら、マリーゴールドの言葉を思い返していました。


 消えた徒花姫たちはみな互いに仲が良かったこと。

 消える少し前からふさぎこんだ様子だったこと。

 そして彼女たちが消えた時にはきまって炎の残り香がし、例の絵本が灰になって見つかっていること。


 (徒花姫たちは自分と本の関係に気付き、情報を仲間同士で共有していた。そして本を燃やすことで自らを消滅させた…?本当に…?)


 マリーゴールドの話を全面的に信じていいのか懐疑的かいぎてきになるランでしたが、それでも彼女が嘘をついているようには思えないのでした。


 (百花姫ひゃっかひめは…このことを知っているのだろうか…)


 人目につかない庭園の外れで研究に没頭している彼女は、他の徒花姫とはほとんど交流を持っていません。それならば自分で絵本の正体に気付かない限りまだ知らないはず。


 (でも頭のえるあの人のことだ…、いつ真相にたどり着いてもおかしくない。)


 ランはこの間の百花姫の様子を思い出していました。

 沈黙の後に見せた弱々しい笑顔…。

 ランは気付くと彼女の居場所に向かって走り出していました。





 辿り着いた植物園の中に、珍しく百花姫の姿はありませんでした。


 (種の採取にでも行ったのかな…?)


 ランはまわりをきょろきょろと見渡して人気のないことを確認すると、少し後ろめたさを感じながら彼女の机の引き出しをそっと開けました。


 (あの人なら…本をどこにしまうだろう?)


 痕跡こんせきを残さないように注意しながら、大急ぎで部屋中を探します。これは良くない事。そんなことはもちろんわかっています。でも本は少し預かるだけ。安全な場所に避難させるだけ。悪いことをしてでも、ランは安心を手に入れたいと思ったのです。


 「……“徒花姫”とはよく言ったものだと、そう思わないかい?」


 急に背後から飛んできた聞き慣れた声に、ランは動きを止めました。じっとりとした嫌な汗が額に浮かびます。


 「私たちは徒花あだばな。散る時を逃し、ここで永遠に固定された存在。」


 ランはやっとの思いで後ろを振り返りました。部屋の入口のそばにたたずんでいるのは百花姫です。逆光の中でその表情はうかがい知ることができません。


 「今日は久々に庭園の中心部へ行ってみたんだ。いろんな発見があったよ。ラン、君に聞きたいことがある。」


 ランは思わず後ずさりました。


 「何人かの徒花姫たちがいなくなっているようなんだが、どこへ行った?」


 「……」


 「答えられないのか?」


 「…ごめんなさい、わかりません。」


 動揺どうようで少し声が震えているのがラン自身にもわかりました。長い沈黙の後、百花姫がふっと肩をすくめて困ったように微笑むような気配がありました。彼女はゆっくりと歩いて、ランの横にある椅子に腰かけました。


 「ラン、…私はもう植物の研究をやめようと思う。」


 「え…?」


 信じられない言葉にランは耳を疑いましたが、百花姫は穏やかに微笑んで言いました。


 「すこし昔話をしてもいいかい?」

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