第17話 囚われた者たち

 門番の少女の発した言葉の衝撃をうまく呑み込めず、ランとマリーゴールドは困惑の只中ただなかにいました。


 「……新しい徒花姫あだばなひめ、ですって?」 


 やっとの思いで聞き返すと門番の少女はこくりと頷きました。


 「サンクチュアリに徒花姫を招き続け“心臓”が再び目覚めるのを待つのです。私たちはこれまで通り、誰かにただつかえていればいい。」


 「…何を言って、ますの?」


 「それに他の人間の存在はサンクチュアリの維持だけでなく“心臓”が目覚めた後にも役立つでしょう。“心臓”は寂しいと叫んで砕けたのですから、守るためには彼女に寄り添う存在が必要なのです。それならば私はいくらでも集めましょう。もう寂しくならないように、ここへたくさん…」


 「……黙って。」


 マリーゴールドは手で顔をおおい、耐えかねたように門番の言葉をさえぎりました。


 「どうしてわかりませんの?そんなことしたって無駄ですわ。誰かを連れてきたところで、また同じ繰り返し。あんな断末魔だんまつまをまた聞くなんてごめんですわ!」


 深紅の瞳を、マリーゴールドはありったけの憎しみを込めてにらみ付けます。


 「サンクチュアリはこのまま消える運命ですし、それでいいのですわ。」


 門番の少女は心底不可解そうに眉をひそめました。この会話が始まってから、彼女の表情にはっきりとした変化が現れたのはこれが最初でした。


 「…理解不能です。マリーゴールド、あなたは“心臓”の幸せを願わないのですか?」


 庭園のメイドはその言葉に目を大きく見開き、体を震わせました。そして抑えきれない怒りにわなわなと震える唇を動かし、やっとのことで言いました。


 「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ。」


 じっと見つめあう二人の間に緊迫した空気がピリピリと流れます。ランは嫌な予感がして咄嗟とっさにそこに割って入りました。


 「門番、マリーゴールドは彼女なりに“心臓”を思っているんだ。あの人にとっての幸せとは何なのかと…」


 「そんなこと私たちが考えるのは無意味です。借り物の心で人間の真似事をするのはやめなさい。私たちはサンクチュアリの歯車、ただの部品。人間を理解したり寄り添ったりすることなど、できません。」


 門番は表情こそ変えませんでしたが、その口調には強い拒絶と不快感がにじんでいました。彼女は話し終わると一歩後ろに下がり、改めてランとマリーゴールドの顔を交互に見つめました。


 「…あなた方は、どうしてしまったのですか?心を得たことでドレッサーとして大きく欠落してしまったのでは?」


 ランはその言葉に反論することができませんでした。確かにドレッサーであるならば彼女のように“心臓”とサンクチュアリの維持を第一に全てを考えるべきなのです。だけどあの人のくらい瞳の奥を思い出すと、ここで孤独に狂っていった痛みが今はわかるような気がするのでした。サンクチュアリは確かに楽園です。だけどここは、気持ち一つで簡単に魂の牢獄ろうごくにも変容してしまう――――。


 「私は守り手として、どうやらあなたたちのことも厳重に管理しなければならないようですね。得たばかりの感情に振りまわされてしまうのであれば自分の役割以外の行動を禁じます。」


 「嫌だと言ったら?」


 吐き捨てられたマリーゴールドの言葉に、門番の少女はゆっくりと振り返りました。彼女がこちらを見たのは一瞬のことでしたが、その凍り付くような赤い瞳からは彼女の決意とそれゆえの容赦のなさが十分すぎるほどに伝わってきました。


 「…余計なことは考えず、以前のような働きを期待します。」


 門番の少女はそれだけ言うと、返答を待たずにくるりときびすを返して歩き出しました。そしてまた煙のように一瞬で姿をくらませてしまうと、残された二人は重苦しい空気に不釣り合いな暖かな日差しの中、けわしい顔をして立ち尽くしたのでした。





 ドレッサー三人による緊迫した話し合いからしばらくすると、門番の少女は宣言通りにサンクチュアリへ徒花姫を招き入れ始めました。誰もいなかったこの場所には賑やかな声が響くようになり、マリーゴールドは毎日忙しそうに駆け回っていました。


 一方ランはというと、出来る限り徒花姫たちに見つからないように過ごしていました。まだ彼女たちを庭園に招くという行為に納得できたわけではなく、接し方を迷っているというのが正直なところでした。それに…


 (一体僕は、どうしてしまったんだろう…)


 目覚めたあの時以来、ランはどうやって仕事をすればいいのか急にわからなくなってしまったのです。今までは自然にできていたことにも謎の違和感がまとわりついて、この手に携えて生まれてきたはずの魔法のはさみさえなじまないような気がするのでした。考えれば考えるほど何もかも嫌になって、気付けば誰もいない庭園の外れの方に足が向きました。


 (僕は、なんのために花の世話をするのだろう…)


 ランは歩きながらふとマリーゴールドを思い浮かべました。あんなに徒花姫を招くことに反対していたのに、そんなことなどなかったかのように働き続けられるのは何故だろう。どうしてそんなことができるんだろう。


 人気のない木立こだちを抜け、木苺きいちごの茂みを抜けると、そこには小さな建造物がありました。はて、こんな建物あっただろうか?と首をかしげるのと同時に、陽光に煌めく硝子ガラスの窓の美しさに、ランは吸い寄せられるように近付いていきました。

 入口の前に並んだ植木鉢には、見たこともないような綺麗な色の花が咲いています。


 (これは…アネモネ……!?)


 ランが思わず足を止めて息をみ、手を伸ばしたその時です。


 「触るな!」


 急に背後から飛んできた怒号に、ランは驚いて飛び上がりそうになりました。振り返ると初めて見る徒花姫が怖い顔をしてこちらをにらみつけています。ランは反射的に慌てて逃げようとしましたが、むんずと手首をつかまれ動けなくなってしまったのでした。

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