第14話 即席馬車

 結ビ姫むすびひめが立っていた場所を、蒲公英姫たんぽぽひめ舞胡蝶姫まいこちょうひめは呆然と見つめました。


 「むすびちゃん…連れて行かれちゃった…ね…。」   


 「私たちといると、結ビ姫にとって良くないのかな…?」


 うつむく二人の間に沈黙が流れます。今回のお茶会はもともと、もし自分たちと同じように孤独な徒花姫あだばなひめがいるのなら仲良くなりたいという思いで開いたものでした。良かれと思ってやったことが迷惑だったのだろうか…?と不安になった蒲公英姫の手を舞胡蝶姫がぎゅっとにぎりました。


 「でもボク見たよ…!連れていかれる時、むすびちゃん寂しそうな顔してた…!」


 その言葉に蒲公英姫もゲームに熱中していた結ビ姫の姿を思い浮かべました。


 「そう…だよね。彼女、楽しそうにしてたと私も思う。門番さんの言う通り何か問題があったとしても、必要なのはまず話し合いだよね…!」


 こくりとうなずき合うと、舞胡蝶姫はおもむろに空をあおいで、サンクチュアリ中に響き渡るような大きな声で叫びました。

 「マリー!!」


 彼女が庭園のメイドを呼ぶときはいつもこうでした。どんな時でも一声呼びさえすれば瞬時にマリーゴールドは現れるのです。今回もいつの間にか彼女はかたわらの木の上に座ってこちらを見下ろしていました。


 「…何かあったら呼べとは言いましたけど、本当に人使いが荒いですわね。」


 「マリー、あのね!門番さんがむすびちゃんを連れて行っちゃったの!」


 「そのようですわね。」


 「お願い、むすびちゃんの所へ連れて行って!門番さんみたいにビュンって!」


 手袋を脱いで長い爪を退屈そうにいじっていたマリーゴールドは、舞胡蝶姫の言葉に心底嫌そうな顔をしました。


 「あのねぇ、門番あいつと同じだと思わないでくださる?ドレッサーもそれぞれ得意分野がありますの。」


 「え?マリー、いつも呼んだら一瞬できてくれるじゃない。」


 「それは…そうですけど、それとこれとは話が別というか…」


 「…たぶんだけど、誰かを一緒に連れて行ったりは無理なんじゃない?」


 「聞こえてますわよ。余計なお世話ですわ。」


 不思議そうに首をかしげる舞胡蝶姫に、そっと耳打ちしたつもりだった蒲公英姫は、ギロリとにらみつけられ縮み上がりました。


 「…でも、確かに気に入りませんわね。門番あいつ、わたくしたちの行動は制限する癖に、自分は好き勝手やってるじゃありませんか。」


 メイドはドレスのすそひるがえしながら木の上からストンと降り立つと、手袋をめ直しつついびつに微笑みました。


 「わかりましたわ。協力してあげてもよくってよ。」


 「やったー!マリーありがとう~!」


 「勘違いしないでくださる?一度試してみたかったことがあるだけですから。」


 はしゃぐ舞胡蝶姫に構わず、マリーゴールドはすぐに奇妙な行動を始めました。突然まるでそこになにかがあるように、指を滑らせて空中を撫でるような仕草をし出したのです。彼女が何をしているのかまるで見当もつかず、ぽかんと見守っていた蒲公英姫はふと我に返ると気が付きました。


 (あれ?睡莉姫ねむりひめは…?)


 そういえば結ビ姫が連れ去られた後くらいからいないような気がします。慌てて辺りをきょろきょろと見回すと、いつの間にか彼女はまた先程まで寝ていた荷車の中にいました。しかもすやすやと気持ちよさそうな寝息を立てて。


 「ね、寝てる……!」


 一方マリーゴールドの作業は、蒲公英姫が衝撃を受けて立ち尽くしている間に完了していました。撫でていた空間が輝きだしたかと思うと一頭の金色の馬が現れたのです。


 「お馬さんだ!すごーい!かわいい!」


 駆け寄ろうとする舞胡蝶姫の前にすかさずマリーゴールドが立ちはだかります。


 「ちょっと、不躾ぶしつけに触れないでくださる?やっとなんとかそれらしくできたのに、あなたのせいで消えてしまったりしたら最悪ですからね?」


 「えっ?触ったら消えちゃうの?」


 「わたくしも生き物を出したのは初めてなので何が起こるかわかりませんけど、とにかく余計なことはしないで頂きたいですわ。」


 喋りながらマリーゴールドは睡莉姫の寝ている荷車を馬のそばまで持ってきて、ロープで繋ぎ始めました。しっかりと何度も結び解けないのを確認してから、ひらりと馬にまたがります。


 「できました、即席そくせき馬車ですわ。さあお乗りになって。」


 「えっ…これ、馬車…?屋根とかないけど大丈夫…?」


 「ごちゃごちゃうるさい。ほら、早く結ビ姫のところに行くんでしょう?」


 不安げな面持ちの二人はその言葉に意を決して、恐る恐る荷車に乗りました。荷台は三人でもうぎゅうぎゅうです。全員乗ったのを確認すると即席馬車はゆっくりと動き出しました。


 「あ、あの…ちなみにマリーさん…馬車の運転経験は…?」


 蒲公英姫がしぼり出した問いに、メイドは鼻で笑って答えました。


 「そんなの、あるわけないじゃないですか。黙ってしっかりつかまってなさい。」


 急にがくんと馬車が揺れて、蒲公英姫と舞胡蝶姫はカートの中に倒れました。馬が急に走るスピードを上げたのです。即席馬車はサンクチュアリを誇張こちょうではなく風のように駆け抜けていきました。荷台は二人が今までに乗ったどんな乗り物よりも、激しくガタガタと揺れ、必死にしがみついていないと振り落とされてしまいそうです。そんな中でもおかまいなしにすやすやと眠っている睡莉姫を押さえながら、舞胡蝶姫は強風の中なんとか薄目を開けて顔を上げました。大変な状況だというのになぜだか不思議とわくわくしています。この前まで病院のベッドの上でじっとしていたのが嘘のよう!

 ついに抑えきれずはしゃぐように笑い出した舞胡蝶姫につられて、身体を丸くして縮こまっていた蒲公英姫もけらけらと笑い出しました。


 「ねぇジェットコースターって、こんな感じ?」


 「かもね!」


 「喋ってると舌みますわよ?」


 マリーは荒すぎる運転を悪びれる様子もなく、一層いっそう馬を速く走らせました。

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