第13話 結ビ姫

 結ビ姫むすびひめがサンクチュアリへ辿たどり着いた時、門の前で出迎えたのはもちろん門番の少女でした。 


 サンクチュアリへの道は夢の中。身体は現実に置いたまま、誰もが黒いもやのような姿でここをおとずれます。門番の少女の役割はそのような者をすくい上げ、望むのならば彼女の能力によって形を与えサンクチュアリへとみちびくこと。だからこの時もいつものように、気配を感じると彼女は鳥籠とりかごかかげ、黒い靄を集めようとしました。ですが…


 「これは…」


 それは今まで見た中で一番薄く、今にも散らばってしまいそうな、頼りないものでした。門番の少女はなんとかそれをかき集めましたが、人の形を成しません。


 「あなたは…うまく自分をイメージできないのですね。」


 靄に触れていると彼女の記憶の断片だんぺんが門番の少女の中にうっすらと流れ込んできました。


 「私の言うことを聞いていれば間違いないんだから。」


 「こんなにあなたを想っているのに」


 彼女を支配ししばり付ける言葉の数々。

 そこに選択肢はなく、彼女はみ込まされ続けるうちに、いつしか自分の心にふたをしてしまったようでした。


 門番の少女は両手でそっと包み込むように靄を拾い上げ、静かな声で語りかけました。


 「ここまで徹底的にがれてしまっていては、サンクチュアリに来てもそのまま消えてしまうかもしれません。それでも…構わないと言うのですか?」


 その言葉に、おそらくその薄い靄は一瞬のためらいもなくうなずいたのです。たとえ逃げ出せるのならどこだってよかったのだとしても。   





 「いつまでも冷めない魔法の紅茶で良かった!」


 「こっちも、いつまでもふわふわの魔法のパンケーキで良かった!」


 四人の徒花姫あだばなひめはまたテーブルを囲んで座っていました。蒲公英姫たんぽぽひめ睡莉姫ねむりひめのカップに紅茶を注ぎ、舞胡蝶姫まいこちょうひめがお皿にパンケーキを盛りつけます。


 「あ、舞胡蝶姫!蜜掛けすぎないでよ?」


 「ふぁ……自分で掛けるから大丈夫…。」


 睡莉姫はうつらうつらしながら舞胡蝶姫から蜜のびんを受け取ると、ゆっくりとパンケーキの上に傾けました。 

   

 小柄な睡莉姫は舞胡蝶姫と同じくらい幼く見えましたが、彼女とは真逆の、すべてを見通すようななぞめいた雰囲気を持っていました。明るい色の髪の毛を綺麗に巻いてまとめ、着心地のよさそうな服に身を包み、落ち着いた様子でおもむろに紅茶を口に運んでいきます。頭に付けたままのアイマスクはフリルがたくさん付いていることもあって、ヘッドドレスのようにも見えました。


 「あ、私は睡莉姫。はじめまして。」


 「はじめまして、ねむりちゃん。お茶会に来てくれてありがとうね。」


 舞胡蝶姫が微笑むと、睡莉姫も欠伸あくびをしながらもかすかに笑ったようでした。


 「あのね、さっきの話だけど。」


 「私のリボンの話?」


 首元のリボンに触れながら尋ねる結ビ姫に、睡莉姫はこくりと頷きます。


 「舞胡蝶姫が言ってたよね、自分は蝶に憧れていたからサンクチュアリではこんな姿になったんじゃないかって。多分その通りで、ここでは自分の姿は心と直接的に結びついてるんだと思うの。」


 もぐもぐとパンケーキをほおばりながら、微睡まどろむように話す睡莉姫に三人の視線が集まります。


 「例えば私は、好きなだけ寝れるようにここへ来たのだけど、ほら…髪型や服装も眠りのさまたげげにならないようになってるし…見て。」


 睡莉姫はふらつきながらも立ち上がって後ろを向いて見せました。リスのようなふわふわのしっぽがかわいらしく揺れています。


 「え…それ、かざりじゃないの?本当に生えてるしっぽ?」


 「そうだよー。」


 「うそー!すごい!」


 舞胡蝶姫は目を丸くして思わず叫びました。


 「このしっぽはね、なんのためにあるかっていうと…」


 話しながら睡莉姫はしっぽの上に身体を乗せて丸くなりました。


 「こんなふうにどこで急に眠くなってもベッド代わりになるようになの。」


 「そうなの!?」


 蒲公英姫は紅茶で思わずむせそうになりました。


 「…と、まあこのように、私の姿は私の心を反映してる。だから、結ビ姫の外れないリボンもそうなんじゃないかと思う。本人が望んだかどうかは別としてね。」


 「そう…やっぱりね。」


 結ビ姫は飲んでいた紅茶のカップを置くと、中の茶色の液体に映った自分の顔をぼんやりと見つめました。


 「じゃあもし、無理やりほどいちゃったらどうなるの?」


 舞胡蝶姫の純粋な質問に、しっぽの上で寝そうになっていた睡莉姫は目をこすりながらなんとか起き上がり、椅子に座りなおしながら首を横に振りました。


 「それは絶対にダメ。心が壊れてしまうかも。」


 「ええ。ほどいたら、私も一緒に消えて無くなるって…言われた。」


 その言葉はひたすらに淡々としていて深刻さも悲壮ひそうさも特にありませんでしたが、一同はどう受け止めたらいいのか少し迷って、結ビ姫の顔をじっと見つめました。最初に沈黙を破ったのは蒲公英姫でした。


 「えっと…それは誰から聞いたの?」


 「私です。」


 気付くと背後に門番の少女がいつのまにか立っていました。


 「彼女はとても不安定な状態でここに来ました。だから彼女の心に深く根差したトラウマごと形にせざるを得なかったのです。…結ビ姫、そろそろガゼボへ戻りましょう。今でも不安定なことに変わりないのですから。」


 「でも…」


 門番の少女はお辞儀をすると結ビ姫の手を取り、彼女もろともけむりのように消えてしまいました。でもその刹那せつな、確かに舞胡蝶姫は見たのです。こちらを振り返った寂しそうな結ビ姫の顔を。

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