第11話・穏やかな時間

 「さぁ、お茶会を始めよう!」    


 四人の徒花姫たちは改めてテーブルを囲みました。

 舞胡蝶姫まいこちょうひめ結ビ姫むすびひめとなり同士。向かいに蒲公英姫たんぽぽひめ、そして眠ったままの睡莉姫ねむりひめをマリーゴールドが荷車ごと隣に置きます。そしてお辞儀じぎをして去っていこうとする彼女のドレスのすそを、舞胡蝶姫がいつものようにつかまえました。


 「ねぇ、マリーも一緒にお茶会しよう?」


 「あのですね。いつも言ってますように、わたくしは結構です。」


 マリーゴールドはうんざりした顔で舞胡蝶姫を見下ろしましたが、舞胡蝶姫は動じずなおも食い下がります。


 「むー!いいじゃない一回くらい!どうしていつも行っちゃうの?」


 「わたくしはドレッサー。あなたたちとは違いますの。」


 「違うってなにが?」


 「それは…」


 上目遣いで首をかしげる舞胡蝶姫の問いに、マリーゴールドは言葉を詰まらせ、誤魔化ごまかすようにコホンとひとつせきばらいをしました。


 「……とにかく!わたくしは行きますから、放してください。なにか御用ごようがあればお呼びになって。」


 手を振り払って歩いて行ってしまったメイドの後姿を、舞胡蝶姫は不満そうに見送りました。二人のやり取りを見守っていた蒲公英姫は、苦笑いしつつ結ビ姫のカップに紅茶を注ぎました。


 「前から思ってたけど、舞胡蝶姫ってマリーさん好きだよね。」


 その言葉に舞胡蝶姫は満面の笑みで大きくうなずきます。


 「うん、大好き!優しいもん。」


 「そ、そうかな…。」


 「そうだよ!こうして素敵なお茶会が開けるのも、全部マリーのおかげでしょ?」


 「うん、それは…そうだよね。」


 蒲公英姫はテーブルの上に並んだ輝くスイーツを改めて見渡しました。マカロン、フィナンシェ、クッキーにスコーンにチョコレート!どれも美しく行儀よく並んでいます。


 「あっ、マリーにお礼言いそびれちゃったな…。」


 舞胡蝶姫は大げさに頭を抱えるような仕草をして、もう一度結ビ姫の横に腰かけました。結ビ姫は一連いちれんの出来事をただじっと座ってながめていましたが、突然舞胡蝶姫ににこっと微笑みかけられると、また髪とリボンで表情をかくすようなそぶりを見せました。


 「むすびちゃん、スイーツは好き?」


 「……ええ、まぁ。」


 「よかった!なんでも好きなの食べてね!どれにする?」


 そう言われて結ビ姫はテーブルの上のスイーツに視線を向けましたが、しばらくの沈黙の後にやっと出たのは「…どれでも。」という一言でした。


 「えっ?どれでもいいの?じゃあボクの一番のおすすめあげるね!」


 舞胡蝶姫はふわふわのパンケーキを一枚、結ビ姫のお皿に盛り付け、おもむろに黄色い液体の入った容器を手に取りました。


 「これをたっぷりかけるとすごく美味しいんだ~!」


 「ちょ、ちょっと、掛けすぎじゃない?」


 ドボドボと容赦ようしゃなく注がれていくみつを見て、蒲公英姫は顔を引きつらせました。ですが当の結ビ姫は蜜の海に浮かぶパンケーキを見ても表情一つ変えず、静かに「…いただきます。」と言うと普通に食べ始めます。


 「あつあつのパンケーキに…あまーい蜜がしみ込んで…じゅわっとして美味しいよね!ボクも食べようっと。」


 舞胡蝶姫がうきうきと自分のパンケーキに蜜を注いでいるすきに、蒲公英姫はそっと結ビ姫にささやきました。


 「それ、甘すぎるでしょ?無理して食べなくてもいいからね。」 


 すると結ビ姫は怪訝けげんな顔をして首をかしげました。


 「……食べればいいの?食べなくていいの?どっち?」


 蒲公英姫は予想だにしなかった返答に面食らいつつ、何か小さな違和感を覚えました。


 (なんていうか、この子…自分の意見がないみたいな……)


 彼女が考え込んでいるうちに、また舞胡蝶姫がいろいろな質問を始めます。


 「むすびちゃんはいつここへ来たの?」


 「さぁ…もうわからない。」


 「ボクたちはわりと最近来たから…きっと先輩せんぱいだね!いつもはどんなことして過ごしているの?」


 「…別に…特に何も。」


 「そっか、じゃあ今日はいろんなことしてあそぼ!」


 「……ええ。」


 結ビ姫はどこかそわそわとした様子で頷きました。こういう時どのように振舞えばいいのか、少し迷っているような雰囲気です。

 

 三人はスイーツを食べつつ、まずはトランプでババ抜きを始めました。結ビ姫はどうもトランプ自体初めてのようだったので、蒲公英姫がさりげなくルールを説明してあげました。


 (大丈夫かな…?楽しめるといいけど…。)


 しかし蒲公英姫の心配をよそに、意外にも結ビ姫はゲームにだんだんとのめり込めたようでした。ほとんどしゃべらず常に受け身なので注意深く見ていないとわかりませんが、顔を隠している時、どうもゲームに一喜一憂いっきいちゆうしそうになる表情をさとられまいとしているようなのです。


 「うえー!?またボクの負け!なんでー!?」


 何回目かの勝負の後、舞胡蝶姫はジョーカーを手に悔しそうに足をジタバタさせました。蒲公英姫が思わず吹き出しつつ応えます。


 「だって舞胡蝶姫、表情に出すぎだもん。」


 「むー!こうなったら目をつむってやる!もう一回!」


 蒲公英姫がそっと視線を向けると、結ビ姫の口元にもほんのりと微笑みが浮かんでいるのがわかりました。


 (あ……、なんだか仲良くなれそう…かも。)


 穏やかな時間が、永遠をしたたり落ちる蜜のように、優しく流れていきました。

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