第三章 アリスたちのレーヴ Le rêve d'Alices

第10話・お茶会の始まり

 清らかなクロスの上に飾り付けられたカラフルなスイーツを前に、蒲公英姫たんぽぽひめ舞胡蝶姫まいこちょうひめは不自然にこわばった体勢で座っていました。 


 「たんぽぽちゃん…どうしよう、ドキドキしてきちゃった…」


 「実は私もなんだか緊張して…」 


 顔を見合わせた二人は、お互いの不安げな表情を見てふふっと吹き出してしまいました。  


 「ドキドキするけど、たのしみだね。」


 「そうだね、みんな来てくれるといいね。」


 そうして二人がにこやかに改めて前に向き直ると……


 逆光の中、目の前にいつの間にか誰かが立っていました。


 全く物音も気配も感じさせず唐突に現れた何者かに、蒲公英姫と舞胡蝶姫は驚いて小さな悲鳴を上げ、抱き合ったまま椅子ごと後ろにひっくり返ってしまいました。


 「あらあら、お転婆ですわねぇ。」


 舞胡蝶姫が髪飾りを直しつつ声がしたほうを振り向くと、マリーゴールドが呆れ顔でこちらに歩いてきているところでした。なにやら大きな荷車にぐるまを運んでいるようです。


 「彼女はあなたたちの出した招待状のお客さまでしょうに。そんなに驚くことないでしょう。」


 「え?」


 地面を這う長い長いリボン。すらりと伸びた足をゆっくりなぞるように視線を上げていくと、こちらを見下ろしている髪の長い少女と目が合いました。ですがそれは一瞬のことで、すぐに彼女は長い前髪と首に結んだ大きなリボンで顔を隠してしまいました。確かにその特徴的な出で立ちは、以前二人が庭園を散策していた時に見掛けたあの徒花姫に違いありません。

 二人は立ち上がり、少女に歩み寄りました。


 「ごめんなさい、全然気づかなくて…。私は蒲公英姫。今日は来てくれてありがとう。」


 「ボクは舞胡蝶姫!よろしくね。えっと…あなたの名前は?」


 「……結ビ姫むすびひめ。」


 少女は一瞬の沈黙の後、ぽつりと小さく呟きました。その後ろでマリーゴールドはエプロンのポケットから小さな紙きれを取り出し、蒲公英姫に向かって差し出しました。


 「はい。今回欠席の一華姫いちげひめからお手紙を預かっておりますの。」


 「一華姫って…えっと…」


 「頭に花飾りをつけている方ですわ。」


 蒲公英姫は受け取った紙きれを開いてみました。そこには小さい字で、『誘ってくれてありがとう。でもごめんなさい。』とだけ書いてありました。


 「花飾りの子、来れないんだね…、残念。」


 横から手紙をのぞき込んでいた舞胡蝶姫は、しゅんとして肩を落としました。誘った徒花姫は三人。ここにいる結ビ姫と、欠席の手紙をくれた一華姫、そしてあともう一人————


 「……あ、あの、日傘ひがさの子も欠席ですか…?」


 蒲公英姫が少しびくびくしながらマリーゴールドに話しかけます。実は初対面の時によくわからないまま怒らせてしまって以来、彼女はなんとなくマリーゴールドが苦手でした。それを知ってか知らずか、庭園のメイドはいびつな笑顔を浮かべからかうように鼻で笑いました。


 「おかしなことをおっしゃいますのね?睡莉姫ねむりひめならもういるじゃないですか。」


 マリーゴールドが指さした先、彼女が引いてきた荷車の中に、まくらを抱きかかえた小柄な少女が眠っていました。


 「わ!?ほんとだ、誰かいる!」


 思わず大きい声で叫んだ舞胡蝶姫の口を、蒲公英姫が慌ててふさぎます。


 「しー!起こしちゃうよ!」


 「それなら心配ないですわ、どんなにうるさくしても絶対に起きませんから。この方ったら、ここへ来る途中で急に眠ってしまいましたの。おかげで私がわざわざこうして運ぶはめに……。」


 目を閉じて深いため息をつくマリーゴールドの様子がなんだかおかしくて、舞胡蝶姫はころころと鈴を転がすように笑いました。一方絵本好きの蒲公英姫は、目をきらきらと輝かせながら睡莉姫を見つめています。


 「急に眠っちゃうなんて……まるで本当におとぎ話のプリンセスみたい…。」


 「ふふ…、マリーったら、毒リンゴでも食べさせたんじゃないの?」


 悪戯いたずらっぽく冗談を言う舞胡蝶姫にすかさず蒲公英姫が


 「眠り姫は糸車のつむだよ!」


 と訂正ていせいを入れました。


 「……ちょっと、なんのことですの?」


 マリーゴールドは童話についてはあまり知らないのか、盛り上がる二人を尻目しりめに不服そうに腕組みしました。

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