第3話・ひとりぼっちのお茶会

 舞胡蝶姫まいこちょうひめのお茶会はいつも盛大に行われていました。


 ガゼボの前に設置された長い机にぽつんと椅子が一つ。彼女はそこに座ると、手に持った分厚い本をパラパラとめくりました。それは写真がたくさん載ったスイーツの図鑑でした。 


 「あのね、今日はこのフランボワーズクリームのマカロンっていうのが食べてみたくて。それからこっちのかわいいチョコレート。お茶は桃のフレーバーので、もちろんいつものアレもお願い!」


 「あー…はいはい」


 あきれ顔のマリーゴールドはテーブルにさっとクロスをかけると、図鑑の写真をじっくりと見ながらぱちんと指を鳴らしました。するとテーブルの上に注文通りの美味しそうなスイーツが次々と現れました。


 「わぁ~!」


 舞胡蝶姫は目をきらきらと輝かせてそれらを見つめた後、マリーゴールドに抱きつきました。


 「マリーって本当にすごい!いつもありがとう~!」


 「ああもう、抱きつくのはやめてくださいって言ってるでしょう!それにお礼はいいですからお茶会の頻度をもう少し下げて頂けません?」


 「そんなこと言わないでマリーも一緒に食べよう?」


 「わたくしは結構ですわ。」


 「ちぇ~。こんなに美味しいのに!」


 子供のように口をとがらせながら再び椅子に腰かけた舞胡蝶姫は、マカロンを手に取ると「はむっ!」っと小さな口いっぱいに頬張りました。マリーゴールドは興味なさそうなすまし顔でドレスを広げていつものようにお辞儀をしました。


 「ご用件は以上ですわね?ではわたくしは失礼。」


 しかしそそくさと逃げようとする彼女のスカートの裾を、舞胡蝶姫の華奢な白い手ががしっと掴みます。


 「もう!まだ何か?」


 「マリー、アレがないと…」


 「ああ…そうでした。いつものアレ、ですわね。」


 マリーゴールドはため息をつきながらまたぱちんと指を鳴らしました。するとテーブルの上に黄金色に光る液体の入ったびんがぱっと現れました。


 「そうこれ!蜜大好き~!」


 舞胡蝶姫は満面の笑みで瓶に頬ずりすると、鼻唄を歌いながら目の前のスイーツの上にこれでもかと掛け始めました。眺めながらマリーゴールドは眉間に深くしわを寄せ、「スイーツへの冒涜ぼうとくですわ…」などと小声で呟いたりしていましたが、急にはっと顔を上げて遠くを見つめました。


 「どうしたの?」


 「…急用が入ったので今度こそもう行きますわ。新しい徒花姫が来たようですので。」


 「新しい徒花姫?」


 「そうです。なので、もう変なことで呼びつけるんじゃありませんわよ?」


 「ボクそんなことしないもん。」


 「どうだか。」


 マリーゴールドは肩をすくめると立ち去っていきました。



 舞胡蝶姫はその後姿うしろすがたを見送ると、再びスイーツをもぐもぐと食べ始めました。甘いスイーツに蜜をたっぷりかけて食べる時、彼女はこの上なく幸せな気持ちに包まれるのでした。


 「きれいなお花に囲まれて、おいしいお菓子とあたたかいお茶。なんてすてきなお茶会なの!」


 口の周りに付いた蜜を拭くのも忘れて、舞胡蝶姫はうっとりとテーブルの上を眺めました。だけどその表情はゆっくりと翳っていきました。


 「でもやっぱり…ひとりぼっちじゃ寂しいなぁ…。」


 スイーツを全部食べ終え、お茶を流しこむと、彼女は立ち上がって先ほどマリーゴールドが立ち去った方向をぼんやりと見つめました。


 「新しい徒花姫かぁ…どんな子かなぁ…」


 舞胡蝶姫はサンクチュアリにやってきてからしばらく経つものの、実のところまだ他の徒花姫に会ったことがありませんでした。現実世界ではほとんど自由がなかった反動で、こちらでの生活が楽しくて仕方がなく、周りに目を向ける余裕がなかったのです。でも先程マリーゴールドから新しい徒花姫のことを聞いてから、不思議と彼女はその子に会ってみたくてたまらない気持ちになっていました。

 そして舞胡蝶姫はついに少しの勇気を出して歩き始めました。彼女が自分のガゼボを離れたのはこれが初めてでした。



 舞胡蝶姫は意外とすぐに、それほど離れていない場所にまだ空っぽのガゼボを見付けることができました。草陰に身を隠して目を凝らすと、大人しそうな少女がマリーゴールドと何やら会話しているのが見えました。パステルカラーの黄緑色のドレスに黄色いリボン。髪の毛には可愛らしいタンポポの飾りをつけた、自分と年が近そうな少女です。


 (あの子かな…?)


 夢中になって覗いているうちに仕事を終えたマリーゴールドは立ち去り、新しい徒花姫はぽつんと心細そうに立ちすくんでいました。しかし出て行って話しかけようかどうか迷っているうちにガゼボの中に入っていってしまいました。


 「あっ…行っちゃった…」


 舞胡蝶姫はすくっと立ち上がってどうしようか考えていましたが、急にガゼボのカーテンが少し開いたので慌ててまた草間の陰に隠れました。

 気付かれたかとハラハラしましたが、少女は辺りを見回した後、やがて首をかしげながらまたガゼボの中へ戻っていきました。

 舞胡蝶姫はほっと一息つきながら、いいことを思いつきました。


 「そうだ、お手紙を…書いてみようかな…」

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