第2話・慇懃無礼なメイド
大きな館を背に早足で歩きだした少女の後を、女の子はきょろきょろと辺りを見回しながら慌ててついていきました。薔薇のアーチをくぐり、階段を降りたところにある門から出ると、外にはさらに大庭園が果てしなく広がっていました。
女の子は歩いている間、少女からたくさんの説明を聞きました。
サンクチュアリには夜がないこと。
雨が降らないこと。
花は枯れないこと。
今日から自分のガゼボで暮らすこと。
他にもそのように暮らしている少女たちがいて、彼女たちを“
「あ、あの…あなたのお名前は?」
道中、女の子が勇気を出して問いかけると、少女は少しの沈黙の後に
「…門番とでもお呼びください。」
と前を見たままで答えました。
「着きました。ここがあなたのガゼボです。」
案内されたのは、白亜の柱に支えられた円形のアーチが美しい建造物でした。ですがガゼボとは庭園での休憩用に設置されているものであり、もちろん本来住むところではありません。女の子が少し不安になって立ち尽くしていると、いつの間にか隣にいたはずの門番の少女の姿がなくなっていました。慌てて辺りを見渡すと、どこからともなくクスクスと笑う声が聞こえてきました。
「ようこそ、
猫撫で声といったらいいのか、ねっとりと絡みつくような甘いトーン。ガゼボの背後からゆっくりと現れた、ロングスカートのメイドのような出で立ちのその女性は、裾をつまんで軽くお辞儀をしてみせました。
「はじめまして、わたくしはマリーゴールド。メイドのドレッサーですわ。」
「ドレッサー…?」
「この庭園を管理する者たちのことです。門番とわたくしと、あともう一人いますが…まぁあの子とはほとんど顔を合わせることもないでしょう。それにしても
丁寧な言葉づかいで毒を吐く謎のメイドに気おされつつ、女の子はぺこりとお辞儀を返しました。
「えっと、はい、私が蒲公英姫です。よろしくお願いします。」
「あら、礼儀正しい方。可愛らしいこと。」
マリーゴールドはうやうやしく顔の横で両手を合わせてにんまりと笑いました。太陽のような眩しい色の髪の奥で、切れ長の瞳が
「大丈夫、心配しなくてもしっかりとお世話はさせて頂きますわ。それが私の存在理由ですものね?さて、まずは
そう言うとメイドはさっと何かを敷くような動作をしました。するとガゼボの床に魔法のように絨毯が現れました。
「わっ…!」
「驚くことありませんわ。ここは夢の庭園なんですもの。ところであなた、何色がお好き?」
「え?…き、黄緑とか…」
女の子があわあわと答えた瞬間、絨毯の色が黄緑色に変化しました。
「ベッドとカーテン、机や椅子も必要ですわね。全部同じ色でよろしくて?」
そうして女の子があっけにとられているうちに、マリーゴールドはすっかりガゼボの中を居心地の良い部屋のように変えてしまったのでした。
「すごい…」
「他に必要なものは?」
「あ、あの…もしできたら…本棚と絵本、それからノートとペンを頂けますか?」
「お安い御用ですわ。」
女の子が言い終わらないうちに不思議なメイドはもう全ての注文品を出し終えていました。ぎっしりと絵本が詰まった本棚を見て、思わず女の子の表情がほころびます。
「これ…私の大好きな作品ばかり…!」
「それはそうですわ、あなたの記憶から呼び出したんですから。…絵本がお好きなんですの?」
「はい!すごく!」
「わたくしそのような本は子供が読むものと思っていましたが。違いますの?」
「絵本は誰が読んでも素敵なものです。」
女の子がそう答えると、今までずっとからかうような薄い微笑みを纏っていたマリーゴールドの表情が明らかに曇りました。
「…わたくしは絵本なんて大っ嫌いですわ。」
彼女は不機嫌を隠そうともせずぶっきらぼうにそう呟くと、さっと背を向けて足早に立ち去ってしまったのでした。
(なにか気に
女の子はガゼボのカーテンを閉めて「ふぅ」とベッドに腰掛けました。サンクチュアリに来てから、次から次へと不思議なことが起きて頭がぐるぐるしています。久々に1人の時間が訪れるとさすがに少し疲れが押し寄せてきました。
常に昼間といってもカーテンを完全に締め切るとガゼボの中はさすがに薄暗く、だんだんと女の子は不安な気持ちになってきました。サンクチュアリに来るのは自分が望んだこと。だけどそもそもあのうわさを完全に信じていたわけではもちろんなかったし、状況に全然心がついていけません。
(あーあ、ランプでも貰っておけば良かった…。)
女の子は明かりが恋しくなり、さっと立ち上がってカーテンを少しだけ開けて外を見ました。するとその瞬間少し離れた場所で何かが動いたような気がしました。女の子は不思議に思い、しばらくカーテンの隙間から様子を伺いましたが、やがてさほど気にも留めずにガゼボの中へ戻っていきました。
(目が覚めたら庭園の散策でもしてみようかな…)
そしてベッドに寝転ぶとそのまますぅっと眠りに落ちていきました。
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