転覆の章 叢雲隊
第7話 鶴野松仙という男《 Ⅰ 》
帝都軍部特殊戦闘部隊――通称・叢雲隊。
数年前に帝都軍を離反後は少数ながら帝都より軍部前線基地を強奪している賊軍。紺色の軍服を目印にした特殊部隊は一般的な帝都軍一部隊に遥かに勝る戦闘力を持つ。
その部隊長こそが松仙……
後ろに撫で付けたオールバックの髪と、切れ長の深緑の、思慮深さをしめしている瞳は、大人の色気のようなものを纏っている。更に言えば左目を眼帯でおおっているのも『イイ』らしい。
少なくとも胡蝶にはわからない感性だ。
「で、言い訳とかがあるならば一応聞いておこうかなって思うんだけれども、どう? その辺り」
「どうもなにも、報告は全部しただろうが。なあ、
「アッハ~! ほんと、おまえってば面白いね。こういう時はボクじゃあなくてカイに振るべきでしょ? 胡蝶」
戒那と同じ銀髪を三つ編みにして顔の横で流した和服の男性はそうせせらわらった。
「しのは宛にならねえ。こういう時は」
「それは正しいな。灰はこういう時は便りにならない。そうだろう?」
「いちいちこちらに意見を求めるな」
「相変わらずキミは辛辣だ。ぼくはただ意見をぶつけ合おうとしただけ。そうだね?」
「ねー、っていうかさー。松仙と一緒にいるのやなんだけどー。こいつキャラ被ってんじゃん、ボクと」
時雨は嫌そうに言うが、こっちも聞いていて分からなくなるから黙ってほしい。
最も、たおやかな口調でいながら圧をかけてくる話し方――いちいち確認を取るようなそれが松仙だ。ちなみに肝が小さいのですぐに敬語が混ざったりする。
「まあ、いいよ。ぼくは気にしてませんから。ね?」
「圧をかけてるみたいな喋り方止めろ」
「あっ、ごめん。怖かった?」
「確認も取るな」
「え!!? あ……ぅう……」
この男、本当に指揮官なのか疑いたくなる肝の小ささだ。その肝が小さいところと穏やかな気風が彼に上官であることを許しているわけだけれども。
「と、とりあえず、報告をきちんと聞くよ。それでいいよね?」
「おう」
胡蝶は端的に、長野基地の話をした。
ざっくり言うとレプリカントについてだ。
死者、英雄の模造。それは人の形をしているが明確に『兵器』だ。
仮に胡蝶や灰が死に物狂いで立ち向かっても、星を守るという大義を与えられた英雄相手には決して勝てないだろう。
「と言うわけで殺処分。基地は現在アゲハの管理下に置かれている」
「お疲れさま。良くできたね」
長野、静岡、山梨の三基地を制圧、掌握した。離脱部隊叢雲はそれらを結ぶように築かれた東西戦線に割り込んだ形になる。
「こっちも検死の結果が出たらしいよお~」
「読み上げておくれ、時雨」
「うんうん、あのね、心臓を抜き取られたことによるショック死だねえ。まあ、かくいうボクだってさ、目の前で自分の心臓引きずり出されたら、『うわー!』ってなると思うよ?」
「うわーですむのが間違ってンだろ」
「まあほら、ボク人間やめてるし」
ボコボコにしたいなー。できるだけ丁寧に。
時雨はのほほん、と微笑んだ。灰は父親の暴走を止める気もなく部屋の角で読者に耽っている。コイツはコイツでちょっとあれ。
あれはあれだよ。あれなんだってば。
「しかしそうなるとキミが殺った訳じゃなかったんですね、よかった」
「あ? オレもしかして疑われてたのか?」
失礼な。必要以上には殺してない。
先程捕虜の人数も数えてきたし、今後の説明も行ってきたのに。戦闘機パイロットが生きてたのは自分でもちょっとビックリだけど。
さすがは胡蝶の部下で、どうやら墜落した後生きていたパイロットをきちんと保護したらしい。殺したつもりだったのにな、と思ったりはしてない。多分。
「……ねえ、胡蝶。その彼岸さんはやはりキミの姉妹ってことになるのかな?」
「さあな。顔が見えなかったからそうだと言いきることはできねえ……だが、逆に言えばその可能性が一番高いってことだ。顔を見せなかったってことは見られたくない理由があるってことだろ」
「なるほどね。まあ、キミがそう言うなら多分、そうなんだろう」
そこでその話は終わった。これ以上の議論は無駄だと松仙は判断したのだろう。正しいし異論はない。これ以上は胡蝶も判断しかねる。
「まあ、とにかくお疲れ。予想外の出来事も含めて良く働いてくれたね。今回の件はワタシのリバーシブルゲームには必要な戦略だった」
帝都と古都は拮抗するオセロのようだった。
白と黒のコマは盤の上で互いの陣地を切り分け、奪い合う。誰もオセロに灰色のコマを混入させたりはしない。
松仙はその灰色のコマになることを定めたのだ。
「しかし、私たちの上を飛び越えて古都に喧嘩を売られちゃ構わねえぞ」
「その為にキミが古都との完璧な和平条約を結んできたんじゃなかったの?」
「チッ、それも織り込み済みかよ」
「…………え?」
「あ?」
松仙が間抜けな顔になっている。
……ちょっと待て。
先日、元叢雲隊に所属していた隊員の問題を解決するために遥々、古都に行ってきたのだ。ついでに古都と和平条約を結んできた。
てっきり胡蝶はそれが松仙の差し金だと思っていた。というかそうだと信じていた。
「嘘だろ……?」
「あ、あはは……」
「だってお前、私が古都に行ってたの知ってたんだろ!?」
松仙は目をそらしながら指先を付き合わせて、涙を浮かべながら言い訳をし始めた。
「い、いやぁ……ま、まあ、その……胡蝶はなにも伝えなくてもやりたいことやってくれていいこだなあって……」
「バッ……カ! バカバカバカ! もひとつバーーーーッカ!」
「ひぇ……」
「確かにお前、頼りないけど! まさか、そんな考えなしの行き当たりばったりで……くそ!」
「う、ひどいよ……ぼくが弱いことはキミが一番知ってるでしょう? ねえ?」
「ンなのそりゃオレがいちばん知ってるに決まってんだろ!! いい加減にしねえとぶっ飛ばすぞ!」
「胡蝶。あまり松仙をいじめてやるな」
灰からの制止に舌打ちを返して黙る。大人しく下がったが松仙はまだ涙目のままだ。なんだこいつは。うじうじしていて湿っぽい。
「も、もしかしてぼく……灰にはそんな風に思われてるのかい? 十代に苛められるアラサーってあまりにも空しくないかい……?」
「何言ってるのやら。私は別に……――松仙はなよなよしていて弱々しくてダメなやつだとは少しも思ってないぞ」
「それは思ってるやつだよねぇえええ!!?」
「マジかよ、しの。お前、それはさすがに容赦無さすぎだろ……」
人の心が搭載されていないマシーンはそっぽを向いて知らないふりをするのだった。お前……。
「……とは言うけど事実、帝都軍がボクらの頭上を通り越して攻める可能性はゼロじゃあないよねえー。ショーセンはその辺、どうするつもりなの?」
時雨は年齢制限のかかっている本を下にずらして尋ねた。灰が顔を真っ赤にして目をそらしている。公共の場でそれを読む度胸と空気の読めなさを誰か注意した方がいい。
「愚問だよ。戦線沿いに結界を築いてもらう」
「あは……完全に異界化して分断するつもり、か」
「そ。と言うわけでそれは胡蝶の仕事だよ。魔法で障壁をつくってね。帝都と古都を完全に分断するよ」
「げ」
突然回ってきた話に出たのは、率直な感想だった。
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