第4話 インターナル・ヒロイック《Ⅳ》
「あははははは……ハジ、めまして、ぼくは、天草……天草四郎時貞って言います」
避けた少年は天草、と名乗った。胡蝶と灰は鮮やかにステップを踏み立ち位置を入れ換える。
「作戦立案!」
「時間は稼ぐ!」
「んじゃ一撃で殺すぞ!」
胡蝶と灰で意見を擦り合わせる、のとほとんど同時に狭い通路でありながら灰は短刀を作り出して両手に握りしめた。
胡蝶は手を前に翳し、魔力で織り上げた己の為の杖を握りしめた。それを床に突き付ける。
「”それは古来よりの夢のカタチ。退廃の毒にして不老不死の夢の具現。来たれ、死の毒。来たれ、長寿の薬。来たれ――
静かに一言一言に魔力を籠めて、祈りを籠めて呼び覚ます。固体にして液体であるもの。液体にして固体であるもの。かつて人はその在り方に夢を見いだした。ならば夢に近しい名を与えられた胡蝶がそれを操れるのも道理と言うものだ。
水銀の形状を纏った魔力が胡蝶の背で波のように盛り上がり、自称天草めがけて降り注ぐ。
「はははは!! なんで!! どうして!! 誰もぼくらを救わないのでしょうか!! ああ、ああ! ああ……!!」
「そうだ。夢を見ろ。夢に堕ちろ。快楽から目を背けるな。悦楽から手を抜くな。苦痛から目を背けろ。夢に溺れろ……!!」
「…………でも、ふふ……主は、来ませり」
天草の唇が祈祷の言葉を吐くと同時に、水銀が弾かれた。衝撃波で吹き飛び、床を滑る。杖と両足、水銀の補助で姿勢を立て直す。
「胡蝶!!」
「平気だ……くそ! なんなんだあれ。天草四郎? バカやろう。そんな偉人がこんなとこに生きててたまるか! しかも敵!! クソ!!!」
「落ち着け」
「落ち着けるか?? 私の十八番の
どだい、水銀の基礎的な部分は都合の良い夢を見せると言う魔法だ。それをあれは拒んだ。ああ、そうだろうさ。天草四郎が真実『天草四郎』で、その死後の記憶を有しているのであれば、既に彼の夢は砕け散ったものとなっている。
勿論、夢を見せる魔法は無数に会得してる。
だが絡めとり、精神を溶かし、取り込めるのはこの魔法だけだ。
「刹那的な幻覚を見せるんじゃなくて、奇跡をなすのではなくて、ただ夢と言う毒を浴びせる私の必殺技なのにーーー!!」
「落ち着け。本当に落ち着け」
瞬間、降り注いだ剣が接近していた天草に威嚇射撃された。
本当に、形無しだ。この杖は胡蝶のヴァルハライドだ。これを使って起こした魔法は、普段使う魔法よりも遥かに増幅されて発生する。
それを! しかも十八番! 切り札!
まるで埃でも払うかのようになかったことにされてはたまったものではない。
「……仕方ねえ、か。くそ。はいはいはい、分かった、反省会終ーわり。 終ーわーり! はい、切り替えました! っつー訳でしの、息をあわせろよ」
「ふん、誰に向かって言ってるのかね」
刹那、繰り出されたのは無数の水でできた十字架の雨、だった。灰はそれを瞳と同じ色に煌めく刀で悉く切り裂く。
それと同時に胡蝶が踏み込み、匕首を振るう。勿論相手もその動きに対応して吹き飛ばしてくる。
さすがは、英雄と言ったところか。匕首があっけなく砕かれた。元々無名の、替えの効く品だ。何本でも叩くと言質は既にとってある。
「ッ、るぁ!!」
「無駄です!! 主よ!」
魔力をただ純粋な力として吹き出した。それもまた観測されたかのように相反する力で打ち消された。
「これも読めたか」
胡蝶は空中で体制を変えながら――嗤った。
「だが、これはさすがに無理だろ?」
灰のイヤーカフに嵌められた鉱石が、瞳と同じように焔のような光を放つ。そして腰に携えた刀に彼は手を当てた。
布越しに黄金の刻印が浮かび上がる。
「……――処刑をこれより執行する」
ヴァルハライドには多くの場合、持ち主の英雄性が封入される。そしてそれに応じた特殊な魔法が付与されているのだ。
胡蝶は夢という幻想そのもの。
そして灰は――正義の味方の英雄性だ。
抜き放たれた刀身は金から赤に変わる特殊な輝きを放つ。刀の性質が変異する。炎を携え、神の名を唱える全てを飲み込む地獄を、その刀身に宿す。
「【
銘を呼ばれた彼の聖剣は、まるで喜んでいるかのようにその猛威を明らかにした。
天草が手にいている刀が砕け散る。魔法の世界で概念と言うのは唯一にして無二の力を持つ。どんな身代わりがあろうとも、『その人物を一度殺したモノ』、と言うのは『死因を克服する』なんて言う概念を持つもの以外にとって、絶対の『死』の証になるのだ。
概念こそが魔法。
奇跡こそが魔法。
魔法とは、意識と魂の世界の話なのだから。
袈裟斬りにされた天草の傷跡から血が吹き出す。水銀が手の中で装飾の施された拳銃へと変わる。天草の瞳がこちらを見た。
「…………も、う……疲れ、ました」
彼は最後の力を振り絞って微笑んだ。壊れた声で辛うじてそう絞り出したような、ものだった。
照準を合わせる。そして、引き金を引いた。
それだけは、この異質な状況でも、ただひとつ、慣れた状況であった。
***
踏みにじられた彼岸花の花畑で灰が疲れたように息をしている。手を伸ばせば、困ったような顔をして立ち上がった。顔色は悪いし、腕から湯気が出ている。
「使わなくてもいけたろ」
「いや……あれは確殺しなければならないものだった。どういう原理かは分からないが、あれは本当に」「天草四郎だった、でしょう?」
聞いたことのない新しいその声に、灰を隠すように手を伸ばした。
現れたのは見たことのない女だった。顔を分厚い赤いベールで顔を隠している。踊り子のような衣装を着た、とても美しく妖艶な……この咲き乱れている彼岸花のような女だった。
「誰だ……!」
「ふふ、あらあら怖いわ。メッセンジャー、なんて呼ばれている貴女、そうしているとまるで犬みたいね」
悪意を言葉の音の端にまでたっぷりと乗せたその言葉に怒りが胸のなかで膨らむ。だが女はそんなのつゆともしれず、横たわる天草の胸に指をそっと滑らせた。
まるで壊れ物を扱うように、彼女はそっと撫で、そして、ケーキの中に指をいれるかのようにずぷり、と胸に指を沈ませた。
「は?」
「ふふ、そう威嚇や警戒をしなくても良いのよ。私はこの使い捨ての駒の心臓を回収しに来ただけなのだから」
白樺のような、瑞々しい果実のような指先が胸の中に脈打っていた心臓を引きずり出した。それは信じがたい光景だった。
天草の胸には傷ひとつ付いていない。女は心臓を口にいれて嚥下する。まるで高級な料理でも味わっているかのような、幸悦とした表情で。
「お前……!!」
「そんなに怒らないでくださいな。これはただの模造品。それもでき損ないの。私が味わっても誰も責められないモノよ? それに死んでるのだから良いじゃない?」
常識の、ベクトルが、致命的に合わない。
ベールの下から覗く、赤く紅で彩られた唇が弧を描く。まるで嘲笑するように。それでいて蝶を誘う甘い香りの花のように。
「まあ、いいわ。あとは全部あげる。私、せっかちなディナーは嫌いよ? こんなお粗末なオードブルの後がメインディッシュなんて、死んでもごめんだわ」
「何を……!!」
「フルコースは、全てが一級品であってこそのフルコースでしょう? ふふ、お子さまにはまだ早いかしらね」
女は小馬鹿にしたようにそう言った。
なんなんだこの女は。
熟成した果実のような香りが鼻腔をさす。
この女の言葉はまるで
早く、この女を
ああ、早く――早く。
この女を
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