22 隣にいてほしい人 ①
「体調はどうだい?」
「だるい」
隣に座る、部下であり友人でもある男の質問に、気だるそうに馬車の背もたれに寄りかかりながら答えた。
その顔は青白くも、頬のあたりが僅かに紅潮している。
「いくら人の姿でないと言えど、冬の川に飛び込んでそのまま十時間以上外にいたらねぇ……」
当たり前だと、苦笑する男の顔を睨みつける。
しかしその緑の眼光には、いつものような覇気は感じられなかった。
「ハラン。今はおまえの小言は聞きたくない」
「はいはい。すみませんね、ルディオ殿下」
シェラが川に落ちてから丸二日。
アレストリアの一行は国境検問所に併設されている宿舎を出発し、王都へと向けて移動を再開した。
諸々のことを終えて、ルディオが宿舎に入ることができたのは、橋での事件が起きた翌日の昼過ぎだった。
ベッドの上でルーゼと話をしているシェラを見た時は、本当に心から安堵した。目を覚ましたことは先に聞いていたが、実際この目で見るまでは現実だと実感できなかったのだ。
たっぷりと睡眠をとったからか、彼女は思ったよりも体調が良いらしく、昼食をしっかりとっていた。
だが、そんなシェラの回復とは逆に、今度はルディオが熱を出して倒れた。
倒れたと言っても意識を失ったわけではない。要するに、風邪をひいたのだ。
『ちょっとルディ! だからとっとと休めって言ったじゃない! 朝になっても戻ってこないと思ったら……事後処理は全部ハランに任せておけばいいのよ!』
ベッドに突っ伏したルディオに向かって、ルーゼがもの凄い剣幕で怒鳴ってくる。
彼女が怒るのも仕方がない。それは、心から心配するが故の鞭なのだ。
『ハラン、あなたもどうして止めなかったの!?』
『待ってよルーゼ、僕はもちろん止めたよ? でもね、ルディがこれは自分の仕事だって言うから』
今度は矛先を自分の夫へと変えて詰め寄る。
ハランは困った表情を浮かべながら妻を宥めようとするが、その口から発せられる言葉は己の弁解のみだった。
ルディオは大きく溜め息を吐きながら、掠れた声で言う。
『……分かった。反省しているから、二人とも少し静かにしてくれないか……頭に響く』
熱のせいか、頭痛が酷い。
二人の声が不協和音となって、さらに不快感が増していくばかりだった。
そんな中で、ひんやりとした、小柄な女性の手のひらが額に添えられる。
火照った身体から熱を奪っていくその手の感触がとても心地よく、そして――とても愛しかった。
『わたくしのせいで仕事を増やしてしまい、申しわけありません……』
『シェラ、君が悪いわけじゃない。むしろ謝るのは私の方だ。もっと注意して周囲を警戒していれば……』
『いえ、あれは仕方のないことです』
彼女はどこか遠くを見つめるような顔をして言った。
その表情にあの橋での事件について、何か知っていることがあるのかと聞きたいと言う思いもあったが、身体のだるさと頭痛が酷く断念せざるを得なかった。
宿舎に戻ったルディオに、シェラが最初に聞いてきたことは、襲いかかろうとした騎士がどうなったのかだ。
あの騎士は川に落ちた後、そのまま沈むように流されていった。捜索に向かった別の騎士たちから、下流のほうで遺体が見つかったと報告を受けている。
それを聞いて、彼女は俯きながら『そうですか』と言ったきり、しばらく言葉を発することはなかった。
自分のせいで、騎士を死なせてしまったと思ったのかもしれない。
あの時の詳しい状況はあとで周りにいた者から聞いたが、彼女は騎士の不審な動きを素早く察知し、自ら止めようとしたらしい。
身を挺したその行動にルディオは助けられたのだから、彼女が責任を感じる必要はない。
責を負うべきは、注意を怠った自分の方だろう。
慰めの言葉をかけようかと思ったが、シェラはすぐに気持ちを切り替えたのか、別の質問をしてきた。
『ルディオ様は、一晩中外で事後処理をされていたのですか?』
『まあ……そんなところだ』
純粋に疑問に思ったのだろう。その質問には、曖昧に答えることしかできなかった。
本当のことなど、言えるわけがない。
この忌まわしい枷を、彼女に知られたくない。
そう、思うようになってしまった。
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