第三章

イヤホン分けっこ


 冬。早いものでもう少しで一年が終わろうとしている。

 マフラーを巻き、ステンカラーコートに身を包む俺は部室に入る。そこには既に三人がいて、彼らはなにやら楽しそうに談笑していた。

 俺は舞花に挨拶として微笑みかけ、それから遠野に向かって


「よお」

「やっと来たね?」

「何話してたんだ?」

「なぁに。取るに足らない事で、イヤホン分けっこさ」

「イヤホン分けっこ?」

「私はイヤホン半分こって呼んでたんだけど……」


と舞花が苦笑いする。


「まあいいから掛けたまえよ、ちょうど話始めたところなのさ」


と促されるまま、俺は席に着いた。四人が一つの机を囲うような形になる。


「イヤホンを左右別々にして二人で聞くってアレ、あるでしょう?」

「あるね」

「でもさ、音楽って左右から聞こえる音は違うだろう?」

「そうね……。オーケストラなら左手にバイオリン、右手にバスだわ」


と冬原。


「僕はあんまりクラシックに詳しくないから分からないんだけど、バンドとかだったらギターとドラムの音って、左右別々から聞こえるものだと思うんだよね」

「あーめっちゃわかる~! 私はそれでイヤホンの左右直すことあるもん」


 ねーよ。いや、あるかも……?


「でさ、イヤホンを半分にしたらキチンと音楽が聴けないじゃないかって」

「なるほどねぇ。それで?」

「なんか腹立つんだよね、アーティストへの侮辱に感じてさ」


 はいはい、ルサンチマン、ルサンチマン……というツッコミを飲み込む。そして無難に


「そんなことはないだろ……」


とやんわり否定する。


「桜木さんは誠司と付き合ってるみたいだけど、どう思う?」

「え!? わ、私?」


 不意に話を振られ、戸惑う舞花。可愛い。


「私は別に……良いんじゃないかな? ……って思うよ?」


と彼女は頬を赤らめてこちらを見る。

 なぜ俺に訊く……?

 コホンと一つ咳払いをして、


「なあ遠野。イヤホンを分けると音楽が完全に聴けないってのは分かるよ。でもさ、一緒に同じ音楽を聴くのって素敵だと思うぜ?」


言い終えて舞花を見れば、彼女は俯いて頬を赤らめている。可愛い……(脳死)


「コホン。もしもし……」

「ん? なんだ?」


冬原の方を見れば


「ならワイヤレスイヤホンを使えば良いじゃないかしら? ねえ、そう思わない?」


と、雪女のように冷たい微笑を浮かべている。怖ぇ……


「冬原さんの言う通りだよ、誠司。君らがいつどこで音楽を聴くかは自由さ。でもね、アーティストへの敬意を忘れちゃーダメだよ」


 こ、こんなくだらないことに真剣な遠野は初めて見た……


「あ、あのな。音楽の聴き方なんて自由で良いだろう? ワイヤレス持ってない奴だっているかもしれんしな」


と、近づいてきた遠野の顔を押しやる。





 そんなくだらない話をしたからかもしれない。

 ある日の放課後。その日は偶然、舞花と一緒に昇降口で出会い帰ることになった。


「お前さんの家まで送ろうか?」

「うん、お願い!」


 思えば初めて彼女と帰宅するかも知れない。彼女の桃色の頬や白息、乾燥した唇を見つめると胸が高鳴るのを感じる。


「あのさ、ちょっと……これ……」


と、向こう見ながらイヤホンの右側を渡してくる。


「ちょっとだけ聴いてみない……?」

「お、おう……」


彼女からイヤホンを受け取って耳にはめる。コードの長さが短いからか、俺と舞花の肩が触れ合うほど近づく。

 それは女性歌手の歌う恋愛ソングだった。淡い恋心を綴った歌詞で、彼女の趣味を通じてまだ見ぬ彼女の側面に触れられた気がした。


「ねぇ、どう?」

「良い声だなと思ったよ」

「でっしょ?!」

「嬉しそうだな」

「へへ〜。この曲で、少しは女心が分かったんじゃない?」

「……知らん」


 俺は恥ずかしさを隠すためにそっぽを向く。


「えぇー!? 本当?」


とわざとらしく大袈裟に驚いてみせる。


「いや、少しくらいは……?」

「でっしょー?」


 う、うざい……


「あのさ、石宮」

「何だ?」

「私、石宮と付き合えて嬉しいよ。ありがと」

「そっか……」


 彼女は何を思っているのだろうか……と考えていると、彼女はテクテクと俺の二歩先へ行き、そしてひらひらと振り返って、


「誠司!」


ニッコリと笑って


「……すきだよ!」


 ドキッとした。

 好きという言葉にこんな力があるとは思わなかった。

 見れば、彼女はこちらをまっすぐに見つめている。


「ねえ……誠司は私の事好き?」

「い、言わせんなよ。分かってるだろう?」

「うん。でも言葉にして欲しいんだよ?」


横に並ぶ。


「……好きだ……」

「…………」


これは意外、無反応。


「な、なんか言ったらどうだよ?」

「……う、う……うふふ~!」

「なんだよ、そのキモイ笑い方は?」

「キモイって言ったな? 許さん、この野郎。ウリウリ~!」


と肘打ちをしてくる。くすぐったい……


「ええい、止めい!」


 俺は彼女のことが好きだ。彼女のこう言う悪戯っぽいところが好きだ。


―――こんな時間はきっとそう長くないのかも知れない。


ふとそんな考えがよぎった。

 こんな幸せは霧のようなもので、すぐに消えてしまうんじゃないだろうか?

 だから俺は彼女を抱き寄せて


「舞花、愛してる」


と告白した。


「…………!!!???」

「ど、どうした? なんか言えよ?」

「ば、馬鹿なんじゃないの?!」


 馬鹿と言われてしまった。しかし冷静に考えるとその通りかもしれんな……


 だが、彼女の言葉は厳しくても、その声色は嬉しそうだった。

 俺と彼女を夕日が優しく包んでいた。

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