第6i話 罰

 石宮君とのお茶から帰ると、


「お友達が待ってるわよ」


と母に言われた。誰だろうかと疑問に思いつつ、自室に入れば、そこには信じられない人物が窓辺に立っていた。



——河島亜紀だ。


 彼女は長い髪を綺麗に整えて、フォーマルな雰囲気の黒いワンピースを着ていた。

 そして、彼女は以前の時のような排他的な笑みではなく、同情するような気味の悪い笑みを浮かべていた。


「お邪魔しているよ、冬原さん」

「どうして貴女が……?」

「謝る為に来たのよ」

「謝る為?」

「あの日、私は貴女を試すような事をした。でもそれは、貴女がそんな苦しそうにしているのは病気ではなく、良心の呵責による物だと見抜けなかったからなの」

「な、何の話?」

「本当はわかってるんでしょう? 私、石宮君に彼女がいる事を知ってるの。その女のせいで、舞花が泣く思いをしたのも知ってる」

「そ、そうなの……で、でもその女って誰なの?」

「お分かりでない?」


ジロリと彼女は私の目を覗き込む。その目には先程の笑みはなく、じっくりと私の中の深淵を覗き込むようだった。


「……本当にお分かりでない?」

「え、ええ……」

「……なら教えましょう。冬原智雪さん、貴女ですよ。貴女が舞花をんですよ」


河島は至って真剣な視線で私を貫いた。


「ち、違う。私じゃない」

「違う? なら、そういう事にしましょう。ただあの日、石宮君とキスをしていた所を目撃した人物がいたとしたら?」

「い、いなかったはずよ!」

「あら、まるで貴女がその場に居たかのような発言ね」


——しまった!


「貴女らしくないミスね、冬原さん」

「ど、どのみち証拠はあるの?」

「わずかながら。でも、私はこれを舞花に言うつもりはないわ。おそらくあの子も薄々わかり始めているみたいだし。もって三日かしらね」

「そ、そうなの……」

「冬原さん、よく聞いて。私は自白を進めるわ。貴女は能力があって美しい、なにより心が美しい。人間誰しも過ちを犯すわ。でも、その過ちを受け入れてしまうのはダメよ」

「……」


 私は何も言えなかった。

 バレたんだ、このよく分からない女に。

 そして、負けたのだ。——私の理論が。


「ど、どうしてわかったの?」

「私、ミステリー研究部って言う部活やっててね、探偵じみた事もしてるのよ」

「なかなか随分と凄いのね」

「そう? でも私からすれば貴女の方が凄いわよ」


彼女はよく似合う黒いコートを着て、ドアノブをひねり、


「私から言いたいことは終わったわ。貴女が石宮君にアプローチする所を見たのは本当。あとはお好きにしなさい」


♤♤♤


 それは酷く寒い晴れた冬の日の朝だった。

 昇降口は土埃がひどく、廊下は生徒で混雑している。いつも通りの風景。いつも通りの朝。

 私は靴を履き替え、教室へ向かう。

 教室へ入ると、まっすぐ桜木さんの元へ向かった。

 彼女は一人でボーッとしていたが、私に気がつくなり、


「あれ、智雪ちゃん? 久しぶりだね、元気になった? もう大丈夫なの?」

「ええ、もう平気よ」

「あれ、でもどうしたの? そんな悲しそうな顔をして」


 彼女は子供のような、何も知らなさそうな表情を浮かべていた。


「あ、そういえばね、聞いてよ、智雪ちゃん! この前ね、石宮にフラれちゃったんだー」

「そうだったの……」

「天下のモテモテ美少女の智雪ちゃんの助けがあったのに、ダメだったよぉ〜」


と、冗談めかして悲しんでみせる。

 彼女は強いなと思った。


「でね石宮のやつ、生意気にもさ、彼女いるんだってー! マジムカつくー」


——まさか、この子、知らない? 気が付いていない? 素振りが全くないじゃない。河島め、嘘をついたのね?

——騙せる。


「あの、桜木さん!」

「は、はい!?」

「よく聞いて。石宮君の彼女って言うのはね……」


私はワナワナと唇が震えるのを感じた。

 騙す? もう限界よ、いっそのこと、全部吐き出して楽になるの!


「え、何、どうしたの、そんなに改まって?」

「石宮君の彼女は、この私、冬原智雪です。私は貴女を裏切り、彼に告白しました」

「……え?」


 それを聞きつけたクラス中の人々が、一斉に私たちの周りを囲んだ。



♢♢♢


 あれからどうなったのか。

 結局、私は石宮君と交際し続ける事になった。それが他でもない桜木さんの願いだった。

 桜木さんは私の裏切りを許してくれた。


「ねえ、智雪ちゃん」

「何かしら?」

「私ね、負けないから。まだ諦めないから! だから、石宮君の好感度を失くさないように頑張ってね!」


と、励ましてさえくれた。

 私はろくでなしだ。結果として、私の弱肉強食の理論武装は当初の目的を達成した。

 つまり石宮君との交際と桜木さんとの友情の両立を叶えた訳である。


 しかしここで私から読者の皆様に申し上げたいのは、私はそれでも後悔をしていると言う事だ。

 私はこんな卑怯なやり方をしてしまい、結果として苦しんだ。

 彼女は許してくれたが、恐らく信用を取り戻すにはまだまだ時間が必要だろう。


 桜木さんや石宮君は私についてどう考えているだろう。軽蔑しただろうか?

 せめてもの報いとして、これからは真摯に生きようと誓う。そうする事で私の贖罪が出来るのなら、そこには私の青春を捧げる意義がある。

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