第5話 ファミリーレストランにて

 廊下で待っていた智雪ちゃんは私を見るなり猫撫で声で、


「お疲れ様」

「うん、ありがと」

「この後文芸部の皆んなとファミレスに行く約束を取り付けているわ。舞花さんも行く?」

「え? 急だね。ちょっと待って、家に電話しないと」


 私は右ポケットからスマホを取り出して電話する。


「もしもし、ママー?」

『どうしたの?』

「今日、文芸部の皆んなと晩御飯食べても良い?」

『こんな時間から?』

「うん、だめかな?」

『……もちろん良いのよ? あなたの好きになさい』

「やった、ありがとう」

『楽しんで来なさいね』


 プツン。


「皆んなと食べても良いって」

「なら、行きましょう。石宮君と遠野君が待ってるはずだから」



 昇降口を出ると涼しい風が吹いていた。もうとっくに日は沈み、夜空には星々が点々と輝いている。

 石宮と遠野君は校門で待っていた。生徒指導の先生と


「もう下校時間過ぎてるぞ」

「友達を待ってるんです」

「早く帰りなさい」

「あと少しなんです」


と、押し問答していたところに私たちはやって来た。

 私を見るなり石宮が心配そうな顔をして


「おい、桜木……」

「何?」

「いや、何でもない」


 そんな私達を横に遠野君が


「やあやあ二人とも、今夜は星が綺麗だね」


と笑う。

 すると智雪ちゃんが気まずそうにして


「二人ともお待たせしてごめんなさい」


と頭を下げる。それを見た私はギョッとして


「いや、私がいけないの。私がもっとしっかりしていれば良かったの。そうすれば智雪ちゃんに迷惑かけないで済んだんだから」

「迷惑だなんて言わないで。やりたくてやったのよ。あんなに追い詰められている貴女を見ているのは忍びなかったから」

「なぁ、退部するだけだったんだよな?」


 智雪ちゃんの言葉を聞いて石宮が心配そうに私を見る。


「えへへ、そうだよー」

「……そうか。なら、今はもう聞かないさ」


石宮は何かを察したみたいだった。

 そんな暗い空気を読んでか、


「それより皆んな、早く行こうよ。僕はお腹空いたよ」


と、遠野君が明るく誘う。


「そうね、私も空腹になってしまったわ」

「ああ、俺も腹減ったよ」

「私も腹ペコー」


すると皆んながそれぞれ笑い合う。


「さ、皆んな揃ったなら早く帰りなさい」

「悪かったですね、先生。僕らがご迷惑おかけして」

「馴れ馴れしいぞ、遠野。さっさと帰りなさい」

「はーい」



 それから私達四人は、文神中央駅から徒歩十分のところにあるファミレスに入った。


「何名様ですか?」

「四人です」

「それではご案内します」


と広々とした席に案内された。私と智雪ちゃん、石宮と遠野君とで隣り合う。そして私の向かいには石宮がいて、目が合うと彼はニコッと笑いかけてくれた。


 メニューを開いて注文する。智雪ちゃんと石宮は即決したけど、私と遠野君は中々決まらない。


「まだかしら?」

「ごめんね、悩んじゃって」

「桜木さん、わかるよ。こう言うのって実際に食べてみない事には比較出来ないんだよね」

「わかるー」

「だったら尚更早く決めろよ。何もわからないんなら、どれも同じじゃないか」

「誠司君、限られた情報から一番美味しいものを求めるんだよ、こう言うものはね」


と遠野君は石宮の鼻先をツンツンする。


「ええい、うざったい」

「ハハ。じゃあ僕はこのクリームシチューにするよ」

「なら私はこっちのハンバーグにする!」


 注文してからメニューが届くまでの少しの間、


「ドリンクバー取りに行くが、遠野、お前は何が良い?」

「じゃあコーラで」

「じゃあ私も智雪ちゃんの分も取ってくるよ。何が良い?」

「そうね……では、ウーロン茶を」


私と石宮が席を立った。ドリンクバーの前まで来て、彼が


「さっきから気になってたんだが、目が赤いぜ?」

「えっ?」

「さっき学校で泣いたんだろ? もう平気か?」


と覗き込んで来た。

 なるほど、さっきから心配そうにしていたのはそう言う事なのか。


「そういうのは触れないでおくものなんだよ?」


と彼を押しのける。


「あれ? そういうものなのか? すまない、デリカシーが欠けていたようだ」


 ああ、こう言う抜けた所も好きなんだよね。


「でももし俺に出来ることがあったら頼ってくれ。俺は君の為なら喜んで手伝うからさ」

「ひょっとして、智雪ちゃんに活躍の場を取られたから悔しいの?」

「……言わせんな」

「ウリウリ〜、石宮も可愛いトコあるじゃん」


と肘で脇腹をつつく。


「やめんか、あーまったく心配して損したぜ。もう放っておくからなー」

「あ、ちょっと待って。ごめんって、悪かったって。だから拗ねないで、ね?」


と彼の袖を引く。そして目が合う。


「「プ……フフ、アハハハハ!」」


力が抜けて笑う。笑い合う。何が面白いんだろう? でも笑う。


 ドリンクを持って席へ戻ると、すでに料理が届いていた。


「届くの早いね」

「すこし遅い時間に来たからだと思うわ。お客さんが少ないのでしょう」

「そんなことより皆んな、食べよう!」


 私はふと、こんな当たり前のような光景がいつまでも続けばいいのにと思った。


 文芸部に入ってほんとうに良かった……!

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