第3話 桜木舞花と演劇部 3

 まさかこんなところで石宮に救われるとは思わなかった。


「なんでスイパラにいるの?」

「それはこっちのセリフさ。誰だい、あの男は?」

「演劇部の先輩だよ。誘われて、なんか怖くて断れなくって……」

「そうなのか……」


石宮は考え込むような仕草をする。

 私はもう一度聞く


「それよりなんでスイパラに?」

「ああ、それだが……」

「誠司きゅーん、おまた〜」


 見れば向こうから手を振りながら、遠野君が内股で走ってくる。


「うっせえ! 辞めんか、気持ち悪い」

「ごめんごめん、冗談だよ、ハハ。ってあれ? 桜木さんじゃん」

「やっほー、遠野君」


と私は右手を振る。


「今日は遠野がここに来たいと言うんで、付き合ったんだよ」

「ここ最近甘いものを食べてなかったからね、久しぶりのスイパラは最高だよ」

「へえ、遠野君甘いの好きだったんだね」

「ハハ、そうなんだよ。格好悪いかな?」

「ううん、そんなことないよ!」


 可愛らしい趣味を持っているんだなと、すこし感心する。


「男だけでこんな所に来るのも気が引けたんだが、いざ来てみると面白いものだな」


と石宮は言った。



 それから場所を変えて私と石宮と遠野君で喫茶店に入る。私はミルクティ、石宮はブラックコーヒー、遠野君はダージリンを頼んだ。


「ねえねえ、桜木さん。君がスイパラで男と二人きりでいるのを見つけたときの誠司の顔は見ものだったよ」

「おい、言うなって」

「どんな顔だったの?」

「すごいショックそうだったよ。君が作り笑いしてるって分かるまで、誠司ったら死にそうな顔をしてた」

「おい、辞めてくれったら」


遠野君はケラケラと笑い、石宮も言葉上では拒否しているが笑っている。


 遠野君は私たちが付き合っている事を知っているのだろうか? まあどちらでも良いかな。


「ねえ石宮、さっきは助けてくれてありがとう。本当に嬉しかったよ」

「え? 何かあったの?」

「いや、別に大したことはなかったさ」



 夏休みが明けた。夏休み中はほとんど文芸部も演劇部もなかったので、石宮や友達と遊びに行く夏休みだった。

 閑話休題。

 今日は秋学期初の演劇部。正直、真柴先輩に会うのが気まずかったけれど、いざ会ってみると


「こんにちは、舞花ちゃん」


といつものように明るく挨拶してきた。気にしているのは私だけなのだろうか。


「こんにちは、先輩」


と、いつものように私も作り笑いで返す。

 その後、大和田先輩や皆川さん達も集まって、いつものように練習が始まった。私は台本係だけれど、普段は基礎練習だけ参加していた。

 部活に来る前は憂鬱な気分がしたけれど、いざ参加してみると想像していたよりマシ。別に喧嘩もしないし、笑って会話だってする。

 でも、やっぱりどこかで不和感があって気持ち悪い。


 そんな話を智雪ちゃんにすると、


「ねえ、舞花さん。貴女は演劇部に望んで参加しているの?」


と訊かれた。それは急所に刺さるような質問で、私はどぎまぎした。


「わ、私はね。あと半年くらい続ければ、演劇部も楽しくなるんじゃないかなって思うの」


 するとそんな言葉は聞いていないと言わんばかりに、智雪ちゃんは首を横に振って


「あのね、舞花さん。文科省によれば、部活動の目的は生徒の主体性を育成することにあるの。もし貴女が積極的に部活をやろうと思えないのなら退部することをお勧めするわ」

「でも私、台本係だから辞めちゃったら皆に迷惑かかっちゃうよ」


 智雪ちゃんは私の心を覗き込むような目つきでこういった。


「では貴女の人生は誰のモノなの?」

「え?」

「だってそうでしょう? 演劇部の人達の為に時間を浪費する。今だって演劇部の事で悩んでる。貴女の人生は演劇部の為にあるのね」

「いや、そんなつもりじゃ……」

「なら辞めなさいな。私も手伝うから」


と優しく微笑んだ。

 私はすこし考えてから


「……ねえ、智雪ちゃん。私、演劇部を退部するよ!」

「そうね。それが良いと思うわ」


 そういう経緯で、私は智雪ちゃんの手伝いあって、退部届を書き上げた。顧問の先生に持っていくと、部長のサインが必要だと言われた。

 現在は放課後。


まいか『先輩、すこしお話がしたいです』

まいか『どこへ行けば会えますか?』

きょーや『二年F組の教室にいるよ』

きょーや『でも、もし長い話がしたいなら喫茶店でも良いよ?』

まいか『教室へ行きますね』


 そんなやり取りをした後、廊下から二年F組の教室を覗き見ると、真柴先輩と大和田先輩が愉快そうに談笑している。


「あの、先輩」

「お、舞花ちゃん、来たね。どうしたの?」

「あの、この紙にサインをして欲しくって来ました」


私は抱えたカバンの中から退部届を取り出した。それを見た二人の先輩は驚いたような顔をして


「え、辞めちゃうの?」

「なんで?」

「すみませんが、聞かないでください」

「いやいや、桜木さ。アンタが辞めたら皆んなに迷惑かかるんだよ?」

「それを踏まえたうえでの考えです」

「あのね、自分勝手で無責任ってものじゃないの、ソレ?」


 大和田先輩は声を荒げて言う。その態度が怖くて、私は思わず涙目になる。

 でも、ここで引くわけにはいかない……!


「ねえ、なんか言ったらどう?」

「わ、私は……辞めます」

「ハァー。ほんっと、自分勝手。クズ」

「おいおい、あんまり言うんじゃないよ」

「じゃあ、恭弥はアタシが間違ってるっていう訳?」

「いや、そんなつもりはないけど。……あ、じゃあ舞花ちゃん、あと一カ月やってみない? それでも気持ちが変わらなければ、退部届にサインするよ」


 一カ月……決して短い期間ではないけれど、辞められるならマシかな?


「分かりました。ではあと一カ月だけ演劇部で頑張ります」

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