第2話 桜木舞花と演劇部 2
文芸部に入部してからは、私にとって楽しい毎日が続いた。
文芸部それ自体というより、かねてから仲良くなりたいと思っていた石宮君やクラスメイトの冬原さん、とんでもないイメチェンを成し遂げた遠野君と言った個性的な友人を得られたのが何よりも嬉しかった。
文化祭を終えると、私は石宮と付き合う事になった。デートはまだ花火大会と水族館の二回しかしてないけど、彼と付き合えて本当に良かったと思ってる。
あー、マジで好き!
私の日々はどんどん幸せになっていく。
でも……
でも、全てが全て幸せとは限らない。
私にだって辛い事はある。それが演劇部。
文章を書く場を得た私にとって、もはや演劇部には単なる社交辞令で入部している様なものだ。せっかく書いた作品を全く尊重してくれないし、仲間には遠慮しなくちゃいけない感じがして辛い。
「でもまぁ、一年生の間はやり続けてみようかな?」
ある日の事。
私はゴロゴロとベッドの上で伸びていた。良くないと分かっていても、やる気が出ない。
ピコンとスマホが鳴った。
私はてっきり石宮からのチャットだと思って飛びついたのだけど、それは演劇部の真柴先輩からだった。
きょーや『こんにちは。夏休み元気?』
きょーや『あのさ、舞花ちゃんの書いた原稿で夏の大会に出たっての覚えてる?』
まいか『覚えてますよー♪』
そう言えばそんなのがあった。私は原稿書きなので演劇には出る必要がなく、当日は参加しなかった。
もちろん応援にくらい行くべきだったのだろう。でも、その日の参加を断ってしまった。
まいか『どうだったですか?』
きょーや『結果はあまり良くなかった泣』
きょーや『でも、せっかくだし打ち上げしたいと思ってるんだよ』
きょーや『よかったら明日来ない?』
私は悩んだ。真柴先輩は悪い人じゃないし、皆川さんとも別に普通にやってる。少なくともギスギスはしてない。
でも今の私にとって、この時間は文芸部のために捧げたい。それ以外の時間が惜しい。
まいか『ちょっと急すぎて無理です泣』
まいか『すみません(土下座)』
きょーや『そっかそっか』
それから少しの間があって
きょーや『ところで来週空いてる?』
まいか『え、なんでですか?』
きょーや『よかったら、俺とお茶しない?』
こ、これは……デートの誘い?
いや、待つのよ舞花。真柴先輩に限ってそれはない。私よりも大和田先輩や皆川さんとの方が真柴先輩は仲良くしてる。
あんまり接点がないのだから、多分平気。平気……
まいか『良いですよー』
きょーや『じゃあ文神駅前で集合ね。時刻は……
♢
当日。
てっきり演劇部の人で集まると思ってたから、真柴先輩しかいなかったのには驚いた。
「あ、舞花ちゃん。こんにちは!」
遠くから白い歯を見せて真柴先輩は手を振っている。
——どうしてそんなに遠くから私に気付く!?
「あ、せ、先輩……待ちましたか?」
「いやいや、全然待ってないよ。じゃ、行こっか」
私が何かを言う前に、真柴先輩は強引に私の手を取る。
「舞花ちゃんにはね、お礼を込めて色々と奢らせて欲しいんだ」
「あー、そうですか……」
先輩は電車に乗る。私は拒絶ができなくって、そのまま付いていく。本当は嫌なのに。
向かった先は文山市。ここに来た理由はすぐに分かった。……スイーツパラダイスだ。
「僕がご馳走するよ」
「え? 良いんですか?」
「良いんだよ」
「でも、悪いじゃないですか」
「先輩なんだ、このくらい出させてくれ」
それから私達は席に案内される。
私はショートケーキとパスタに紅茶を慎ましく揃えて、席に着いた。食べ放題だから気にする必要はないのだけど、でもやっぱり人様のお金で沢山食べる気にはならない。
先輩はパスタとコーヒー、モンブラン。
「へぇ、美味しそうだね」
「先輩はモンブランなんですね」
「まあね、好きなんだよ。栗が」
「へぇそうなんですね!」
悪い癖。また無理に笑う。
「舞花ちゃんはショートケーキが好きなの?」
「え? いや、特にはないんですが……いや、好きなのかな? アハハ」
あー、なんでかな。笑いたくないのに。
真柴先輩はモンブランを一口食べて目を閉じ、それからゆっくりと目を開けて
「舞花ちゃん。僕と付き合ってよ」
「え……え?」
突然のことで、思わず口からケーキを出しそうになる。
「あれ? 伝わらなかった?」
「いえ、その……急すぎて戸惑ってるってゆーか」
「僕と付き合ってよ」
「わ、私は……」
石宮と付き合ってるから無理です。そう言えば良いのに、なんだか怖くて言えない。怖い。怖い。
「ねぇ、付き合おうよ? 僕なら楽しいこと沢山知ってるよ? 舞花ちゃんをもっと笑顔にさせてあげられるよ」
「その、すみません……」
「え?」
「その、無理なんです。私、先輩とは付き合えないんです」
怖いけど、それでもこれ以上はもっと怖い。だから譲歩しない。
「えー? なんでよ」
「先輩、大和田先輩とはどうなんですか?」
「ダメだね、アイツは性格が強すぎる」
「じゃあ皆川さんは?」
「愛理ちゃんはあんまりタイプじゃないな。舞花ちゃんしかいないんだよ」
「どうして私なんですか?」
「うーん、わからないな。でも、可愛いからじゃない?」
「すみませんが、それでも私は無理です。付き合えないんです」
「その一点張りだね。そうだ! 僕がこれからもっと楽しい所に連れて行ってあげるよ。さあ、付いて来て」
先輩は私の手を掴んだ。その手はとても強く握られていて、とても振り払えそうにない。
「嫌、放してください」
「良いから良いから……」
——「その手、放してもらえませんか?」
その声は聞き慣れた低い声。
「誰、君?」
「そこの子の彼氏ですよ、先輩」
「え? そうなの?」
私はコクリと頷く。
「マジかよ……」
と手を放し、私から石宮に視線を移すと、先輩は彼を鋭く睨んだ。
周囲に人が集まってくる。
「俺にこんな赤っ恥かかせておいて、許されるとでも?」
先輩は私と石宮二人を責めるように言った。
「すみませんが先輩。先輩は彼女の愛想笑いに気がついてましたか?」
「え?」
「この子、本当に笑うと顎に皺ができるんですよ」
ちょっと、コンプレックスなんですけど、それ!
「それがなんだ?」
「つまり先輩はこの子のこと、見てないってことですよ。さ、恋に恋するのはやめて、さっさと帰ってくれませんか? それとも……?」
と先輩をギロリと睨みつける。
「わ、わかったよ。すまなかったね、君」
すると真柴先輩は途端に態度を和らげ、トボトボと店を出た。
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