桜木舞花の気持ち
第1話 桜木舞花と演劇部 1
入学式の日の放課後。私が石宮と連絡先を交換した後の事。あの日、先輩が部活の勧誘をやっていた。賑わってたのを覚えてる。
私はあの時、何度もその行列に飛び込んで文芸部の勧誘を探した。でもなかった。
あの日、どこにも文芸部はいなかった。
後日、担任の先生に聞いた所
「文芸部はね、部員がゼロだから廃部になっちゃったと思うよ」
と言われた。
二年前、何気なく手に取った文集は当時の私にとって眩しく輝いていた。いや、今もまだ輝いている。
その文集は運命的だった。
でも結局のところ文芸部は私を待っていてはくれなかった。
とは言え、ずっと悲しんでいる訳にはいかない。私は帰宅部になるつもりはなかったので、代わりに演劇部に入部する事になった。クラスメイトで知り合いの
「ならさ、演劇部の台本描いてみたらどう?」
と誘ってきたのがきっかけ。
演劇自体にはあまり興味なかったし、人前で何かをするのも得意ではなかったから、あまり乗り気ではなかったのだけど、皆川さんが
「台本だけだから」
としつこく誘うので断りきれなかった。
断っておくと、あの子のせいにするつもりはない。私に自分がなかったのがいけない。
アハハ、直さなきゃだね……
演劇部に初めて行ったのは四月の中旬で、部室がない代わりに講義教室で練習していた。
皆川さんに連れられて部屋に入ると、そこには和気あいあいと語らう男一人と女三人がいた。
「お、来たねー?」
その中の一人の女がやけに高いテンションでこちらに笑いかけてきた。
「連れてきましたよ、入部希望者」
と皆川さん。
別に希望はしてないんだけどな……
「ウチ、今二年生で、
「私は一年G組の桜木舞花って言います」
「へー、よろしくね……てかさ、皆川ー、この子結構可愛いじゃん」
大和田先輩は私をジロジロと見つめながら近づいてきて、馴れ馴れしく私と肩を組む。初めギョッとしたけど、私は笑って
「そんなことないですよ〜」
なんだかこの人、あまり得意じゃないな。
「ごめんねー、こいついつも距離感バグってるんだ。舞花ちゃん、困っちゃうよね? 俺は
明るく笑いかけて来た真柴先輩は綺麗な二重瞼の美男子だった。たぶんモテるだろうなと思う。
「はい、よろしくお願いします!」
「舞花ちゃん、普段小説を書くんだって?」
「へへ、ええまぁ……」
「へー。舞花ちゃんには我が部の柱になって貰いたいから、是非とも頑張って欲しいな」
と、先輩は私の肩をトントンと叩いて白い歯を見せた。
うわ、コミュ力高いな。
「はい、頑張りますね!」
あー私、いま無理して笑ってるなー。
その後、残る二人の女の自己紹介がなされた。二人とも同じく一年生らしい。
私はどこかで違和感を感じつつも、せっかく入部したんだからと自分に気合いを入れた。
開いた窓から冷たい風が、私の頬横を不快に撫でた。
♢
あれから何週間か経ってもなお、私はあまりうまく馴染めずにいた。
別に表立って対立はしていないし、顔を合わせれば笑って挨拶をする。でもどこかで噛み合わないところがあって、互いにそれを避けていた。
ある日の事。それは春の発表会の練習中に起こった。
「ごめん皆川さん,今の演技の所。全体の作風と合わないから、もうちょっと低いテンションでやって?」
と私が言うと、皆川さんが表面上は穏やかに
「なんで? 別によくない?」
しかし冷たい声色で、周囲に聞こえるように言った。
それは演劇のスタイルにおける衝突だった。私は原作として、なるべく作風に沿った演技をして欲しいんだけど、皆川さんとそのグループは何が何でも楽しく演技がしたいみたい。
でも、やっぱり本来暗い場面で滑稽な動きをするのは違うと思う。冗談は似つかない。
「ねえ、桜木さん、皆川はおかしいかな?」
「アタシは良いと思うなー」
と他の二人の一年女子は言う。
「まあまあ落ち着いて。皆川の言う事も分かるけどさ、桜木の言う事もわかるんだよなーウチ」
険悪な雰囲気を察してか、大和田先輩が止めに入る。
「ねえ、桜木? やっぱり調和が大切だよ。アンタの気持ちも分かるけどさ? 楽しくやろうよ」
「……すみません」
「よし、んじゃまあ、今んところ再開ね」
監督権はいつの間にか、原作の私から大和田先輩に移った。
別に構わない。
だなんて割り切れない。自分の作品が理不尽に犯されている気がしてむず痒い。
でも割り切るしかない。
あーッ! ムカつくッ!
「すみません、大和田先輩。少しお手洗い行ってきます」
「うっすー。先進めてるよ」
私は震えるほどキツく拳を握って、部屋を出た。でも、笑顔は忘れずに……
♢
そんなこんなで、私は演劇部の脚本担当になった。とは言え、書いたものは全くリスペクトされない。玩具の様に扱われて、本来あるべきキャラが変わっていく。
辛いよぉ……
でも部活を辞めるなんて考えられない。辞めてしまったら、なんだか悪い様な気がして……
だから私は演劇部を辞めたいと思う代わりに
——私の中ではキャラ達はキチンと生きている。
と思う事にした。そうすればなんだか心が安らぐし、もう抵抗する必要性もなくなってくる。
トイレの洗面台の鏡に写る私の顔を見て、
——じっくりと死にゆく青春——
と、ふとそんな言葉が脳裏に浮かんだ。
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