第2話 水族館へ行こう! 下

 文神中央駅から目的地までは電車で三十分。車内が空いていたので、俺たちは並んで座席に座った。


「ふふ、なんか久しぶりだね」

「そうだな。中々君に会えなかった」

「会いたかった?」

「……言わせんな」

「えへへ」


 あー、やりづらい。


「ねえねえ、誠……石宮」


 下の名前で呼ぶのは恥ずかしいらしい。誠司と言いかけて、やっぱりいつものように呼ぶ。


「なんだ?」

「見て見て、海だよ」


 海なんか見て何になるのかと思ったが、太陽光がキラキラと反射して綺麗だった。

 彼女は彼方を見つめながら


「嬉しいんだ、私」

「どうして?」

「君から誘ってくれたから。私、本当に嬉しかった。私の事、考えてくれてるんだって」

「そうか……?」

「うん、今日はいっぱい思い出作ろうね!」

「ああ、そうだな」



 文山本郷駅は文山市という文神市の隣町の中心部にあって、そこは水族館の他に遊園地やショッピングモールなどが並立していて、遊ぶだけで時間が消し飛びそうな場所だ。

 電車を降りてから道沿いに歩く。

 ガラス製の屋根が見えてきた。御目当ての水族館である。


「チケット、高校生二人分ください」

「440円です」

「電子マネーって使えますか?」

「はい、お使いいただけますよ」

「ではお願いします」


と言う会話をして、二枚分のチケットを買う。


「ほれ、君のだ」

「ありがとー」


 ゲートを潜り、水族館へ入る。

 周囲には俺たちのような男女が手を繋いで歩いている。

 唐突であるが、先日桜木と手を繋いだ時、俺は恥ずかしくって気が気でなかった。それゆえに、周りの連中はどうしてああも、手を繋いでいるのが当たり前みたいな顔をしていられるのか甚だ疑問なのである。

 そんなふうに思っていると、


「ねえ、手、繋ごう?」


と彼女に言われた。

 恥ずかしさゆえに俺はただコクリとうなづいて、彼女のなすがままに手を繋いだ。途端、頭の中で温めていた冗談や笑い話が消し飛んでしまった。


 水族館の中は暗く、いくつもの水槽が連なって、まるで青い照明のように道を照らしていた。


「綺麗だね」

「そうだな」

「なんかさ、ラブホみたいじゃない?」

「え、行ったことあるのか?」


と俺が驚くと


「ないよ。あるわけないじゃん!」


となぜか怒られる。


「なら、どうしてそんな感想が出るのさ?」

「なんか、雰囲気が大人っぽいから……」


 なるほど。


 水槽の中にはクラゲや大きなカニ(彼女曰く美味しそう)、クリオネと言った魚が並んでいた。

 奥に進んでいくと、大きな水槽が現れた。そこにはジンベエザメやサンマの群れ、シュモクザメやエイが泳いでいる。


「ねえねえ、見てよこの子。変な顔ー」


彼女は水槽の下部を泳ぐ、コブのついた青い魚を指差して笑った。コブダイと呼ばれる魚だと思う。


「あんまり馬鹿にしたら失礼だぞ、そいつだって一生懸命生きてるんだから」

「そうなの?」


 彼女は水槽に向かって聞く。当然人語を理解しない魚は泳いで去ってしまう。

 お勤めご苦労様です。と俺は心の中で魚へ敬礼を送った。



 その後、俺たちは屋外に出た。魚と触れ合ったり、あるいはペンギンを眺めたり、イルカショーを見たり……

 あっという間に時間が過ぎてしまった。


「あー、楽しかったね」

「ああ、楽しかったよ」

「私、お腹減ったー」

「どこ行こうか?」

「えー、下調べしてないの?」

「し、しまった。忘れてたよ」

「はー、しょうがないなぁ」


 結局俺たちは水族館の近くにあった海の見えるファミリーレストランに入った。


「やっぱり学生の身分だし、身の丈にあったところでの食事だよねー」

「すまん、本当に悪かったよ。下調べが甘かった」

「嫌味じゃないよ」

「そっか」


 ウェイトレスの女性に案内されて、窓際のテーブルに着く。

 グラスに一口付けると彼女は苦々しく笑って


「やっぱりヒールは疲れるね」

「姉貴も言ってたな。ヒールは疲れるって」

「私、普段ヒールを履かないからさ。もう脚痛いよ」

「なら、午後は帰るか?」

「……また誘ってくれる?」

「もちろん」

「えへへ」

「なんだよ……それよりさっさとメニュー決めようぜ」


と、俺はメニューを横向きに広げる。


「そうだなぁ……俺はビーフシチューが食べたいな」

「決めんの早っや」

「そうか?」

「早いよ。私なんてまだ悩んでるのに〜」

「なら俺と同じのにしたらどうだ?」

「いや、それじゃつまらないよ。そうだなぁ……よし、君に決めた! これっ」


 どうやら彼女はオムライスにしたようだ。


 注文してから少し待って料理が届いた。「いただきます」と二人で言ってからフォークを取る。


「あのさ、石宮ー?」

「なんだ?」

「石宮って文芸部しかやってないんだっけ?」

「ああ、そうだよ」

「良いなあ。私ね、演劇部も掛け持ちしてるんだけどさ。あんまり人間関係が上手くいってないの」

「そうなのか……」

「いけないね、別に君を頼りたい訳じゃないのに」


と苦笑い。


「いや、辛いことがあるなら言ってくれ。役に立てない事の方が多いかもしれないが、役に立てたら役に立つ」

「やれたらやる的な? 行けたら行くみたいな?」

「意地悪言わないでくれよ。本当に助けたいと思ってるさ」

「アハハ!」


満足そうに彼女は笑う。


「ところで聞いた? 文化祭で売ったうちの文集、結構評判良かったみたいだよ」

「そうなのか?」

「うんうん。うちの担任も喜んでたし、ママも良かったって言ってくれた。石宮の文章、ママは気に入ってたよ?」

「本当か? あんまり自信はなかったんだが、そう言ってもらえると嬉しいぜ」

「きっと書き方を教えてくれた先生が良かったんだよ」


えっへんと彼女は胸を張る。


「自分で言うなよ」

「えへへ」


 彼女の笑顔で不思議と胸が温かくなった。

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