第2話 遠野譲治の恋愛観
ラブレターの回し読みによって、僕は小学校での立場がなくなった。
クラスの男子からはからかいのいじめに遭い、女子からは侮蔑と無視の徹底がされた。
僕は悲しくて苦しくて。どうして自分がこんな目に遭うのか分からなくて。
それで逃げるように文神市へ引っ越した。
文神市立文神西中学校に入学した僕は、やっぱり女子が怖くて仕方なかった。けれどクラスの男子は気さくでいい奴が多く、幸いにして僕にも友人が何人かできた。
そして、その中の一人に石宮誠司君がいた。彼は紳士的でユーモラスで、僕が女性恐怖症を抱えているのを知ると積極的に励ましてくれた。
すぐに彼と僕は仲良くなった。
僕は友達が出来た事が嬉しくてたまらなかった。こんな僕でも認めてくれる人がいる。それはとても嬉しい事だ。
中学校時代の思い出で人様に語れるようなものはない。というのも、僕の中学時代はどこかのファストフード店で友人とリア充と呼ばれる人間をあざ笑うような、どうしようもないものだったからだ。
部活動は帰宅部だったし、勉強も中の上くらい。女子とは関わらなかったので当然色恋沙汰も僕とは無縁だった。
それでも僕にとっては微笑ましい大切な思い出だ。
そう、誰かが僕を認めてくれるのが嬉しかったんだよ。
♢
目の前に幸せそうに笑いあう男女がいる。
彼らはあたかも自分達がこの世で一番幸せなんだと言わんばかりに笑いあう。
僕にはその感覚がない。
女は怖い。
どうして信用できるのだろうか? 連中は笑いのためなら平気で僕を騙してみせるのに。
文神高校に入学した日、誠司が遅刻したせいで僕は一人で登校していた。
青春
という二文字が僕の脳裏に浮かんだ。
青春、それは素敵なものだとされる。しかし当時の僕はそれを否定していた。認めてしまえば、自分を否定してしまうような気がして。
——青春なんてクソ喰らえ。そんなものは欺瞞だ。掴もうとすれば霧のように消えてしまう。貴重な時間の浪費! 青春時代は自己研鑽に費やさねばならない!
はい、嘘ォーッ!
青春サイコー、万歳!
と気持ちを入れ替えるきっかけがあった。それは冬原智雪さんとの出会いだった。
彼女と初めて出会ったのは、初めて文芸部部室に来た日だった。潰れかけの文芸部を再建しようとしている所にやって来て、そして入部を希望してくれた。
彼女を初めて見た時、僕の心は音を立てるほど震え上がった。
肩まで伸びだ艶やかな黒髪。スッとした輪郭。キリッとした唇は精神の強さを感じさせ、透き通る様な黒目は爽やかな印象を与える。何よりも目を引いたのは、その美しい姿勢と言葉。
容姿も態度も何もかもが調和して、一つの芸術作品のように美しかった。
誠司は冬原さんの魅力を見抜けなかったらしく僕をからかったが、あの美しさを前にしたら誰だって目を奪われるはずだ。
間違いなく、僕は恋をした。そしてそれは鶴見さんに抱いた感情とは違うものだったので、同時に僕は本当の恋とはなんなのかを理解した。
さて、そんな素敵な感情を抱いたのは良いのだが、自分を見つめ直すと問題が山積みであることがわかる。
冬原さんは素敵な女性だ。きっと余るほど男子達が集まるだろう。もしそうなら僕なんてきっと砂場の砂つぶみたいなもんだ。
冬原さんと交際するには僕はもっとカッコよくならなきゃダメだ!
♢
それから僕は色々と頑張った。
まず美容院に行った。髪が長すぎて不潔だったからだ。初めて美容院に行って驚いたのはお金が高い事! 髪を切るだけで五千円も掛かるのは驚いた。でも使うべきと考え使った。
次にトレーニングを頑張った。思えば鶴見さんはクラスで一番足の速い男が好きだった。だから僕も肉体的に強くならなきゃと思って、毎日必死に走り込んだり筋トレをしたりした。
ちょっとした自慢だけれど、五十メートルのタイムを二秒縮めたんだよ。
最後におしゃれを勉強した。普段は学ランだから関係ないと思ったけど、もしデートに誘う機会が得られたらと考えたらやっておくべきと思った。
そんな僕を見て誠司は驚きつつも応援してくれた。かつて散々馬鹿にしていたような連中と同じ事を僕はしたと言うのにね。
どうでも良い事だが、多分この頃から女性恐怖症を克服し出した。と思う。……いや、そもそもそんなものはなかったのかもしれない。僕は自分がまた誰かに拒絶されるのが怖くて、誰かと関わらずに済む言い訳を求めていたのかもしれない。
閑話休題。
ところでこの頃、僕は自信がついて来たからか、毎晩冬原さんに告白するイメージトレーニングをしていた。いつどこで、どんな言葉で伝えるべきかなど……考えるだけでワクワクした。
僕は上手くやれるかな……?
まったく、取らぬ狸の皮算用という奴だ。
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