第4i話 憂鬱
私たちを守っていた傘が地面に落ちた。
石宮君は子どものように驚いて、隙だらけの表情を浮かべていた。
「お、おい……」
「フフ、私とのキスはどんな味でしたか?」
私は凄く恥ずかしい思いをしていたが、それでも我慢した。ポーカーフェイスって奴だ。強者は常に強者として振る舞わなくてはならない。
「冬原、お前……」
彼は口元を手で抑え、目をパチパチとさせた。目を閉じろと言われた時、本当にキスを予想できなかったのだろうか?
「お前、何をしたんだ?」
「もう一回すれば理解出来るかしら?」
「そう言う事じゃない。俺はこんなの望んでいない!」
「どうして? 私が相手では不満?」
「いや、違う! そうじゃない! 君はもっと紳士的だったはずだ!」
「あら、私が紳士? 私は女よ? それを言うなら淑女じゃなくて?」
「とぼけるのも良い加減にしろよ。お前がふざけている事くらい分かっているんだぞ!」
「なぜそんなに強がっているの? 叫んでも無駄よ。さあ、何を知りたいの? 言葉にしなさいな」
石宮君には悪いが、ここで勝負を決めさせてもらう。彼を私の物にし、私は勝者の一歩を踏み出すのだ!
「冬原、君は何をしたいんだ?」
「私はね、石宮君、ずっと貴方の事が好きだったの」
「だから遠野を振ったのか?」
「知っていたのね。その通りよ」
「そうだったのか……」
私は最高に可愛いはずだ。なぜなら多くの男子が私の容姿を褒め、交際を要求してきたから。信頼と実績がある。なら当然、彼はこの申し出を断らないはずだ。
「なあ、君はこれをするつもりで一緒に帰ろうと誘ったのか?」
と、彼はその神経質そうな細い指で唇を触る。
「ええそうよ」
「君は俺なんかで良いのか?」
「石宮君が良いのよ」
「どうして?」
「貴方だけが私を見てくれたから」
それは本当の事だ。彼だけが容姿でなく、中身で私を判断してくれた。
「遠野だって冬原のことを……!」
「いいえ、貴方だけだった。それにそんな事、今は関係ない。私は貴方が好き。だから今ここで、私は貴方に交際を申し込むの。
——私と付き合ってください」
無言。ザーザーと雨音が私を包む。早く何か言ってくれないだろうか。
表情を見れば、彼は何か心苦しそうにしていた。——何を悩んでいるのかしら?
「なあ冬原」
「はい」
私は彼の震える瞳を見つめる。
「本当に君はズルい奴だよ」
「知ってる」
「返事はこうだ。——よろこんで」
再び無言。雨音だけが鳴り響いていた。
♤♤♤
自宅に帰ると、母が暖かく出迎えてくれた。
「ちょっと、智雪? びしょびしょじゃない! 風邪引くわよ」
「ありがとうお母さん、タオルだけちょうだい。あとは自分でやるわ」
「そう?」
「ええ、平気よ」
私は着ていた服を全て洗濯機に放り込んで、すぐに風呂場へ入る。そして熱めのシャワーを浴び、先程の唇の感触を思い出す。
——やった、これで彼は私の物に!
自室に戻ってスマートフォンをカバンから取り出す。通知が数件入っていた。一つは石宮君からで『明日の朝、文神中央駅から一緒に登校しよう』と言う物、もう一つは桜木さんからの『クリスマスまでに石宮君をデートに誘いたい!』と言うものだった。
驚いたことに、この時まで私は桜木さんを忘れていた。この恋愛における一番の問題点である彼女を、この私が忘れていた!?
やはり私はどこか調子が悪いのだろう。頭がガンガンと痛みだした。
「智雪ー、夕食は?」
「いらない!」
「えー? なんでよー?」
「良いからほっといて!」
「わ、分かったわよ」
私はどうかしている。
なんだか胸焼けしたような、ぼんやりとした不安というか、まるで白昼夢でも見ているような感じがする。
——きっと寝不足のせいだ。ゆっくり寝て休めば、明日からは完璧な私、冬原智雪が復活するはず。大丈夫、私が恐れる物なんてないはず!
そうやって自分を偽って強がっても何をしても、桜木さんの顔が瞼から離れてくれなかった。
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