第2i話 矛盾

 桜木さんが私に初めて恋愛相談をしたのはいつだったかしら。まだセミの声がしなかったはずだ。

 教室で昼休みに、一緒に食べないかと彼女から誘われた。


「えへへ、智雪ちゃんと一緒に食べるの初めてだね」

「そ、そうね。文芸部で一緒になったのに、中々こう言う機会がなかったわ」


 普段私は一人で食べることが多い。それは友達がいないとかではなく、私が食事しながら勉強をしているからだ。

 一方で桜木さんはクラスメイトと円満に食事をしているのをよく見かけた。


「でも、普段のお友達は良いの?」

「あー亜紀ちゃんでしょ? ちゃんと許可貰ったよ」

「そう、なら良いのだけれども。お友達は大切になさいな」

「うん、勿論だよ」


 私たちはそんな何気ない会話から食事を始めた。

 しばらく取るに足らない雑談をしていると、突然真剣そうな目つきで桜木さんが、


「あのね、私ね、石宮君の事気になってるんだ」

「あら、そうなの」

「もしかして気がついてた?」

「全く、ぜんぜん」

「あ、そう? でね、私、どうやったら良いのかな?」

「と言うと?」

「智雪ちゃん、よく男子から告白されてるでしょ? 男子の心を惹く秘訣を教えてよ」

「そう言われても……」


 実際は私から彼らに何かをした事はない。なぜか突然、視野にも入ってない様な男子に告白される。

 私自身全くわかっていない。


 しばらく考えあぐねていると、桜木さんは沈黙を良しとしないのか続けた。


「あのね私ね、石宮に弁当を食べさせたいの」

「それは良いと思う」

「本当に? 良かった、じゃあ弁当を食べさせるので確定!」

「あ、良い事思いついたわ」

「何?」

「そのあと、文化祭を一緒に回りなさいよ」

「え? 良いの?」

「ええ、勿論よ」

「でも文集の売り子は誰がやるの?」

「私がやるわ」

「でも悪いじゃん」

「良いのよ、私、文化祭に興味ないから」

「わかったよ、ありがとう」



♤♤♤



 結局私は何がしたかったのだろうか。

 恋敵を応援したかと思えば、石宮君が好きだと言って遠野君を拒絶する。

 ひどく矛盾している。


 私は何がしたい?

 私はどうするべき?


 いや、今は新聞部の記事を書かなくてはならない。ちょうど火照った頭が冷めてきた。足元も冷えてきた。潮時だ。

 部室棟に入ると、芸術部のペンキの臭いがした。酷く臭い不快な臭いだ。どこの部だか知らないが、廊下を行く生徒がちらほら。

 私は彼らとすれ違い、階段を登る。2階に上がってすぐに新聞部の部室はある。中に入ると先輩が


「やっと戻ってきたね。さっさと書いてくれよ」

「すみません。すぐに書きます」

「締め切りが近いんだから、冬休み前には貼らないといけないんだからね?」

「すみません」


 全く高圧的な男だ。部活が全てだとでも思っているのだろうか。長い目線で見れば、新聞部の一つの記事のクオリティが少し下がったくらいで何になろう? 世界が悪くなるだろうか?

 しかし、一度は引き受けた仕事だ。さっさと始末して、今日はゆっくり休もう。

 私はペンを走らせた。

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