第 i話 病気

 ある酷く寒い冬の日、私は新聞部の記事について頭を抱えていた。

 以前はポンポンと湧き出たアイデアも、ここ最近は全くと言って良いほど出てこない。


 私は嫌気がさして外の空気を吸おうと、部室棟から外へ出た。

 粉雪が降っていた。ホーっと白い息が出る。のぼせた頭には丁度良い寒さだ。



 自分で言うのもなんだが、私は才色兼備の理想的な優等生だ。最近は落ちて来たが、成績は常にトップクラスだし、最低でも毎月一度は異性から告白を受ける。

 傲慢かも知れないが、私ほど能力のある生徒は恐らくそう多くないだろう。しかし、私は自分が幸せだとは思った事がない。

 例えば恋愛。私も動物、それなりに性欲があるからか、異性と交際してみたいと思う事が多々ある。けれども惹かれる相手は一向に現れない。

 よく告白を受けるので、その相手と試しに付き合ってみても、どこか相手を見下してしまって、長続きしない。そして告白を断るのは辛いけど、別れを切り出すのはもっと辛いと思い知る。

 やがて私は全く恋愛をしなくなった。


 全く、青春なんて存在しないじゃない……


 そんな風に考えていたのだが、実は最近好きな人が出来た。同じ文芸部の石宮君という男の子だ。

 彼は特別優れた人物と言うわけではない。だが彼には私を容姿で判別せず中身を見つめてくれる誠実さがあった。


 私、冬原智雪は間違いなく初恋をした。


 しかしこの恋には問題点がある。

 同じ文芸部でかつ友人の桜木舞花さんも石宮君に好意を抱いていて、しばしば彼女が私にその相談を持ちかけてくるのである。

 だから私は自分の想いを隠し続けなくてはいけなかった。さもなくば、彼女の気持ちを裏切るのことになる。


♤♤♤


 記憶が正しければ、あれはセミの声がうるさい夏の日だったと思う。

 文化祭が終わって部室の片付けをしていると、遠野君と二人きりになる機会があった。

 彼は開口一番、


「好きです、冬原さん。僕と付き合ってください!」


 私の彼への評価は並。良くもあり悪くもある。

 まず良い点。彼は私に認められる為に努力をしていた。服装やスポーツ、勉学と、考えられる限りを尽くしたのだろう。実に健気だ。

 しかし、彼もまた私を見た目で評価している。一目惚れなんて、性欲の権化ではないかと私は考えている。

 だから私は訊いてみた。


「私の何が好きなの?」

「全部好きです」

「曖昧な答えね。具体例を何個か挙げてみて」

「……僕は冬原さんの澄んだ目が好きです。綺麗で落ち着いた声が好きです。仕草が好きです。素晴らしい教育を受けたのでしょう。勉強だって頑張ってるんでしょう? 僕は頑張る人は好きです」

「そう……」

「……僕では不満ですか?」

「いえ、不満ではないのだけれど」


 見た目だけではない。観察と推測から私と言う人物像を描き出している。

 今までの脳内の理想を押し付けてくる彼らとは一線を画していた。


「だけど……」


 夏のあの時にはとっくに私の心は石宮君に向いていた。


「だけど?」


 遠野君は真摯な目でこちらを見つめている。私の一挙手一投足を見逃さないだろう。

 正直、素敵だ。

 でも、私のタイプではない。


「ごめんなさい。今の私には好きな人がいるの」

「それは中学の頃の方ですか?」

「いいえ、彼とはすぐに別れました。石宮君から聞いたのね?」

「ごめんなさい」

「良いの。好きな人の事、知りたくなるのはよく分かるわ」


 何を言っているのだろうか。傲慢だ。どこか上から目線で気持ち悪い。自己嫌悪の胸焼けがジンワリと湧き出る。


「なぜ僕ではダメなんですか?」

「ダメではないわ。私に好きな人がいなければ、間違いなく遠野君を選んだと思う。

——でもね、貴方は私以外から告白を受けたら了承する?」

「……いいえ、絶対しない。冬原さん以外ありえない」

「そうよね? 貴方の目線には真摯な愛がある。でも、私にもそれと同じくらいの強い感情があるの」

「そう……ですか」


 遠野君はもはや目線を合わせようとはしなかった。


 ガチャリとドアが開いて、


「あれ、二人ともどうしたのー?」


という桜木さんの登場がなければ、きった私は彼の泣く姿を見なくてはならなかっただろう。

 それは多分、辛かったんじゃないかと思う。

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