第10話 文化祭 後半

 文化祭は人混みがひどく、桜木の身長の低さも相まって、すぐに離れ離れになりそうだった。

 かと言って、俺には彼女に手を繋ごうと誘う勇気はない。男子高校生だぞ? 逆にある方がおかしいはずだ。おかしいよな?

 だから仕方なく、俺と桜木は何度も互いに確かめ合う様に、名前を大声で呼び合いながら、一年A組の教室へ向かった。


 教室へたどり着くと、そこには禍々しく、さりとてどこかワザとらしいデザインで、『恐怖の病院』と書かれたポスターが貼られている。


「お化け屋敷、なんだよね?」

「そうだが……」

「私、怖いの無理」

「大丈夫だよ、きっと」

「そうかなぁ……?」

「この時間帯は遠野の仮装が見れるんだ。今しかないんだよ。あいつを励ましてやろうぜ」

「わ、わかったよ」


桜木は満更でもなさそうだった。口では怖いと言っておきながら、案外根っこは強いのかも知れない。


「遠野君、かっこいいし、応援してあげよっと」



 文化祭の定番といえば、演劇や映画、レストランに、そしてお化け屋敷。なぜだろうか、そう言ったものが人気だ。時折、安全性が疑われるローラーコースターの様な物も見られるが、おおよそがそれらに該当する。


 だなんて、冷静に考えていると、


「はーはーはーっはー!」

「キャー!!!」


遠野が飛び出してきた。なるほど、たしかにジョーカーの笑い方だ。それに対して桜木が楽しそうに叫び声を上げる。

 正直うるさい……

 だが、それが良い。

 最近、俺は彼女へ何かしら愛着の様な感情が湧いてきていて、桜木が楽しそうにしているだけで、こちらも嬉しくなるのだ。


「……ってあれ? 桜木さんと誠司じゃん。来たんだ」

「今朝、応援しに来るって言ったろう?」

「そーなの、おーえんに来たよ。その衣装、最高だね」

「ありがとう。まったく、小道具班には頭が上がらないね。このナイフなんか、本物っぽいだろう?」

「本当だね」

「あんまりここで話していても他の連中に悪い。そろそろ行こうぜ?」

「あ、うん……がんばってね、遠野くん!」

「ありがとう、桜木さん」


 遠野の女性恐怖症は完全に克服されている。

 やはり冬原には礼を言わねばならないな。


 その後、俺と桜木はわたあめやタピオカドリンクなどを買い、部室へ向かった。



 部室棟3階の最果てにそれはある。

 暑苦しい廊下には何人もの人がいて、セミの声すら聞こえないくらい騒がしい。

 ところが3階まで上がれば静かになった。お隣さん達はあまり活動的な部ではないようだ。


 部室の前にやって来た。そこにはポスターが貼られており、ドアは色とりどりに装飾されている。これらは桜木が全てやってくれた。

 ガチャリとドアを開けば、冬原智雪が気だるげに座っていた。横には数冊積まれた文集の姿。


「あら、二人とも来たの」

「うん、来ちゃった!」

「まあな。これ、お土産」

「ありがとう。あら、わたあめじゃない。私、これ好きなのよ」

「そうか、良かったよ。ところで売れ行きはどうだ?」

「そこそこね。やはり歴代の傑作のおかげで、根強いファンが一定数いるみたい」

「そうか、それはよかった」

「文化祭一日目だけで売り切れそうよ」


と、彼女は横の積まれた文集を見る。


 部室の中はいつも通りの雰囲気だった。特に何もなく、あるのは本棚と机くらい。それでもどこか寒々しさがあった。

 ——効きすぎた冷房のせいだろう。

 それが冬原のせいなのか文化祭のせいなのかは、当時の俺には理解できなかった。



 部室を出て、再度校舎の方へ向かう。その途中の渡り廊下で、桜木が俺の半袖を掴んで引っ張った。


「ん? どうしたんだ」

「ねぇ、少しそこで休まない? 私、疲れたの」


 彼女が指さしたのは誰もいないベンチ。横には自動販売機がある。以前、桜木に飲み物を買って届けた時に利用した物だ。

 俺は缶コーヒーを、桜木はほうじ茶を買って隣同士になって座る。


「すまない、君が疲れてるなんて気が付かなかったよ」

「マジで疲れるよ。人多すぎ」

「でも意外だ。桜木は人に慣れていると思ってた」

「へへへ、そう見えた? 私、あんまり石宮が思っているほど、社交的じゃないよ」

「そうなのか?」

「そうだよ」


 プルタブを開ける。グビグビと飲みながら、彼女の横顔を覗き見る。——何か緊張している?——桜木は冷や汗をかき、変に作り笑いをしている。半年の付き合いだ、それぐらい見抜ける。「どうかしたのか?」、そう訊こうとした瞬間、


「ねえ、石宮」


と遮られる。


「あのさ……」


以前にも似たような経験をした覚えがある。

 彼女は頬を赤らめつつも、こちらに向くと、その大きな丸い目でじっと見つめて来た。こちらまでも恥ずかしくなる。


「な、なんだよ」

「あのさ、石宮」

「わ、私とさ……」


再び、彼女は目を逸らしてしまう。——これって、つまりアレではないのか?


「……わ、私と……」


そ、そんな顔するなよ。ああ、俺まで緊張して来たぜ。


「……私と一緒に花火大会に行かない?」


……は?


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