第10話 文化祭 後半
文化祭は人混みがひどく、桜木の身長の低さも相まって、すぐに離れ離れになりそうだった。
かと言って、俺には彼女に手を繋ごうと誘う勇気はない。男子高校生だぞ? 逆にある方がおかしいはずだ。おかしいよな?
だから仕方なく、俺と桜木は何度も互いに確かめ合う様に、名前を大声で呼び合いながら、一年A組の教室へ向かった。
教室へたどり着くと、そこには禍々しく、さりとてどこかワザとらしいデザインで、『恐怖の病院』と書かれたポスターが貼られている。
「お化け屋敷、なんだよね?」
「そうだが……」
「私、怖いの無理」
「大丈夫だよ、きっと」
「そうかなぁ……?」
「この時間帯は遠野の仮装が見れるんだ。今しかないんだよ。あいつを励ましてやろうぜ」
「わ、わかったよ」
桜木は満更でもなさそうだった。口では怖いと言っておきながら、案外根っこは強いのかも知れない。
「遠野君、かっこいいし、応援してあげよっと」
♢
文化祭の定番といえば、演劇や映画、レストランに、そしてお化け屋敷。なぜだろうか、そう言ったものが人気だ。時折、安全性が疑われるローラーコースターの様な物も見られるが、おおよそがそれらに該当する。
だなんて、冷静に考えていると、
「はーはーはーっはー!」
「キャー!!!」
遠野が飛び出してきた。なるほど、たしかにジョーカーの笑い方だ。それに対して桜木が楽しそうに叫び声を上げる。
正直うるさい……
だが、それが良い。
最近、俺は彼女へ何かしら愛着の様な感情が湧いてきていて、桜木が楽しそうにしているだけで、こちらも嬉しくなるのだ。
「……ってあれ? 桜木さんと誠司じゃん。来たんだ」
「今朝、応援しに来るって言ったろう?」
「そーなの、おーえんに来たよ。その衣装、最高だね」
「ありがとう。まったく、小道具班には頭が上がらないね。このナイフなんか、本物っぽいだろう?」
「本当だね」
「あんまりここで話していても他の連中に悪い。そろそろ行こうぜ?」
「あ、うん……がんばってね、遠野くん!」
「ありがとう、桜木さん」
遠野の女性恐怖症は完全に克服されている。
やはり冬原には礼を言わねばならないな。
その後、俺と桜木はわたあめやタピオカドリンクなどを買い、部室へ向かった。
♢
部室棟3階の最果てにそれはある。
暑苦しい廊下には何人もの人がいて、セミの声すら聞こえないくらい騒がしい。
ところが3階まで上がれば静かになった。お隣さん達はあまり活動的な部ではないようだ。
部室の前にやって来た。そこにはポスターが貼られており、ドアは色とりどりに装飾されている。これらは桜木が全てやってくれた。
ガチャリとドアを開けば、冬原智雪が気だるげに座っていた。横には数冊積まれた文集の姿。
「あら、二人とも来たの」
「うん、来ちゃった!」
「まあな。これ、お土産」
「ありがとう。あら、わたあめじゃない。私、これ好きなのよ」
「そうか、良かったよ。ところで売れ行きはどうだ?」
「そこそこね。やはり歴代の傑作のおかげで、根強いファンが一定数いるみたい」
「そうか、それはよかった」
「文化祭一日目だけで売り切れそうよ」
と、彼女は横の積まれた文集を見る。
部室の中はいつも通りの雰囲気だった。特に何もなく、あるのは本棚と机くらい。それでもどこか寒々しさがあった。
——効きすぎた冷房のせいだろう。
それが冬原のせいなのか文化祭のせいなのかは、当時の俺には理解できなかった。
♢
部室を出て、再度校舎の方へ向かう。その途中の渡り廊下で、桜木が俺の半袖を掴んで引っ張った。
「ん? どうしたんだ」
「ねぇ、少しそこで休まない? 私、疲れたの」
彼女が指さしたのは誰もいないベンチ。横には自動販売機がある。以前、桜木に飲み物を買って届けた時に利用した物だ。
俺は缶コーヒーを、桜木はほうじ茶を買って隣同士になって座る。
「すまない、君が疲れてるなんて気が付かなかったよ」
「マジで疲れるよ。人多すぎ」
「でも意外だ。桜木は人に慣れていると思ってた」
「へへへ、そう見えた? 私、あんまり石宮が思っているほど、社交的じゃないよ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
プルタブを開ける。グビグビと飲みながら、彼女の横顔を覗き見る。——何か緊張している?——桜木は冷や汗をかき、変に作り笑いをしている。半年の付き合いだ、それぐらい見抜ける。「どうかしたのか?」、そう訊こうとした瞬間、
「ねえ、石宮」
と遮られる。
「あのさ……」
以前にも似たような経験をした覚えがある。
彼女は頬を赤らめつつも、こちらに向くと、その大きな丸い目でじっと見つめて来た。こちらまでも恥ずかしくなる。
「な、なんだよ」
「あのさ、石宮」
「わ、私とさ……」
再び、彼女は目を逸らしてしまう。——これって、つまりアレではないのか?
「……わ、私と……」
そ、そんな顔するなよ。ああ、俺まで緊張して来たぜ。
「……私と一緒に花火大会に行かない?」
……は?
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