第9話 文化祭 前半
唐突であるが、『文化祭マジック』という言葉をご存知だろうか。文化祭の前後でカップルの数が増加すると言うアレだ。
中学時代、俺はそう言った恋愛を軽い遊びだと決めつけて、遠野と笑い合って馬鹿にしたものだ。
七月のよく晴れたある日。
今朝の登校はやけに豪華だった。校門は飾り付けられ、校門から昇降口までの道沿いには旗が舞う。
昇降口には『ようこそ文神高校へ』と書かれた不必要に飾り付けられた門が添えられ、入り口には本校の生徒が来たる者にしおりを配っている。俺はそれを受け取り、教室へと歩みを進める。
まさに青春の二文字がふさわしい空気だ。
教室に入ると中はすっかり真っ暗、お化け屋敷になっていた。
「おはよう、誠司」
「おはよう、遠野」
遠野は顔を真っ白に染め、ピエロに扮していた。なんでも、バットマンのジョーカーを模しているらしい。
「凄いな、そのメイク」
「クラスの女子がやってくれた。これで僕はお客様をビックリさせてやるんだ」
「ほほう」
「ピエロの笑い方とかも練習済みさ」
「力が入ってるな」
「試しにご静聴いただけるかい?」
「後で客として来るから、本番の楽しみに取っておくよ」
「そうかい」
文化祭は全校集会で始まった。集会では各クラスや部活動が自分達の催し物の宣伝をし、それから少し長い校長の挨拶で終わる。
その後は各人の自由だ。
俺は集会が終わるなり、非常階段の方へ向かった。
いしみーや『今どこだ?』
まいか『非常階段だよー』
いしみーや『もういるのか。すまないすぐ行く』
文神高校の非常階段は一人になりたい時や誰かから隠れる時には絶好のスポットだ。使い勝手が悪く、誰も通らないからだ。しかしここは風通しが良く、景色は遠くまで見える。たそがれるには打って付けだろう。
「待ったか?」
「ううん、待ってない」
「そっか、なら良かった」
彼女とは非常階段で待ち合わせていた。
夏服の透けそうな白い半袖ワイシャツに丈の短いスカート、可愛いピンクの髪留め、薄めのメイクを施し、小さな銀色の腕時計、足首にミサンガ……と言ったコーディネート。
「ど、ど……どこから回ろっか?」
「そ、そうですね」
変に意識しているからか、お互い噛み噛みだ。
「と、取り敢えず三年生の演劇見にいこうよ」
「お、そうだな」
やれやれ、自分の不甲斐なさに飽きれる。
——こう言う時は、男がエスコートするもんだろう!!!
♢
三年A組の教室へやってきた。教室前にあるポスターには題目と公演時刻が書かれている。何やら『眠れる森の美女』をやるらしい。
「そろそろ第一回の開演でーす!!!」
教室から出てきた男が廊下に叫ぶ。
「ねぇ、ここにしない?」
「あ、ああ」
「じゃあ行こ?」
教室の中は暗かった。黒いカーテンが窓を覆い、黒板前はステージのように飾り付けられている。
俺と桜木は隣り合って座った。
「レディースアンドジェントルマン! 今日は良くいらっしゃいました。これからお見せするのは眠れる森の美女ォ! さぁ、ご覧下さい!」
演劇はかなりの出来だった。衣装も演技も良く洗練されていた。
俺の隣の桜木は王子役の先輩に惚れ込むくらいで、素人ながら俺も中々に感動させられた。
悔しいが、さすが先輩だ。
「次、どこ行く?」
教室を出ると凄い人混み。今日だけで何人がいるのだろう。
「一年A組のお化け屋敷に行かないか?」
確かこの時間帯だと遠野がジョーカーの役を頑張っているはずだ。
「良いよ、行こう!」
人混みの中、桜木が声を張り上げて答えた。
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