第7話 ある日の文芸部 前半

 ある日の土曜日の晴れた朝。高校前を流れる川音と周辺のアジサイが爽やかだ。

 土曜日なのに高校へ来た理由は単純で、部活だ。


 部室へやって来ると既に誰かいるようで、光が漏れている。

 俺は丸いドアノブをひねった。


「……冬原だけか。おはよう」


彼女は文庫を開いたまま目線だけをこちらに上げ、


「あら石宮君、おはよう」


 手入れの効いた黒髪は、長くて量も多いのに全く清潔感を失わない。その美貌ゆえか?

 加えて、聞いた話では先日の中間テストの成績は学年一位だったそうな。才色兼備の四字熟語はもはや彼女の為にあると言っても過言ではない。


「二人はまだか?」

「ええ、まだね。予定では9時からだったから、私達が早すぎるのだけれど」

「そうだな」


 チラリと腕時計を見ると、まだ8時半。


「今日は文化祭の文集についての話し合いをするんだよな?」

「ええ、そうよ。議題は文集のタイトルとレイアウト、それから、各人にそれぞれ短編を書き下ろしてもらうのだけど、その内容とページ数決め等かしら」

「バックナンバーってあるのか?」

「そこの段ボールに」


彼女は机の下にある大きな箱を指さした。

 蓋を開けてみると、中にはビッシリと文集が詰まっていた。


「す、凄いな」

「文芸部の文集の歴史は長いのよ」

「それは前に君から聞いたね」

「そうだったわね。二人が来るまで読んでいたら? 私は既に十年分は読んだわ」

「グッドアイデア」


 俺は箱から一部を取り出してパラパラとページをめくった。

 読んでみて分かったのは、文集の内容は恋愛からミステリーまで様々であるが、一貫して言えるのは、文体がそれなりに格調高く、読んでいて疲れないと言う点。

 好みの問題かもしれないが、中でも本当に面白いものはキャラクターの魅力、ストーリーの奥深さや流れるような表現力に富んでいる。


 チラリと腕時計を見て「ああ、そろそろか」と思うと同時、ガチャリと扉が開いた。


「みんな、おはよー!」

「「おはよう」」


 桜木舞花だ。


「あれ、遠野君は?」

「まだのようだ」

「そうなんだ。あれ、石宮、それ文集じゃん」

「2年前に文化祭で売られた物らしい」

「面白かったでしょ」

「……と言う事はお前、中学2年の時にもここの文化祭に来たのか?」

「そうだよ。去年と一昨年の奴は買ったんだ」

「私も買って読んだわ。確かに面白かったわね」

「だよねー」

「3年前以前のはこの箱の中だ。桜木も好きなの読んで、あのチャラ男が来るのを待ってなよ」

「うん、そーする」


と、彼女は箱から一部取る。

 それから数分後、桜木が惚れ込むように呟いた。


「やっぱり面白いね、文芸部の文集」

「先輩がいない事が悔やまれるわ」

「伝統を引き継げるのか不安だよ」


見たところ、桜木と冬原の話し方は随分と親しげだった。


「二人は以前からの知り合いなのか?」

「クラスが同じってだけだよ」

「まだ半年の仲ね」


 思い出した、二人はG組だった。


「ところで、お二人はどんな作品が好きなんだ?」

「私はこれと言った好みがあるわけじゃないんだけど、日本文学とか好きかな? 漱石は結構読んだ。ワガネコとかめっちゃ良かった」


と桜木。

 ワガネコ……? ああ、『吾輩は猫である』の略で吾猫か。


「私も文学が好きね。でも読むものでは、日本よりかは海外の物の方が多いかしら。特に面白かったのがドストエフスキーの『罪と罰』、あれは良かったわ。石宮君は?」

「俺は最近はハードボイルド系が好きなんだが、敢えて一つ好きな物を挙げろと言われたら、違うジャンルになってしまうが、クリスティの『そして誰もいなくなった』だな」

「ああ、良いよね、それ」

「私も読んだ事あるけれど、確かに良かったわね」



 突然、再びガチャン扉が開いた。遠野だ。

 チラリと腕時計を見る。短針は9と10の間を刺している。……つまり遅刻だ。


「遅れてごめん」

「構わないわ」「大丈夫だよ」

「二人が許したんだ、俺も許すさ」


 全員、揃った。

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