第6話 遠野譲治と桜木舞花の体育祭

 5月の中頃。

 この日はよく晴れ渡っていた。普段なら喜ぶのだが、今日だけはこの天気を恨んだ。

 なぜか? それは今日が体育祭だからだ。


 炎天下の中で大はしゃぎをしている他の連中を見ながら多少の嫉妬と呆れを感じつつ、俺は席に座っていた。

 そんな連中の中から、遠野がやって来た。


 こいつは冬原への初恋のせいで、大きく変わった。目元まで掛かる程の長い髪をバッサリと切り落とし爽やかになった。日々の鍛錬ゆえか自信もついて来たらしい。話の歯切れも良くなった。


「やあ、石宮君! 良い天気だね!」

「お前、本当に変わったよな」

「高校デビューって奴だね!」

「……今日はやけに張り切ってるな」

「だってさ、足速い人はモテるんだろう? まだまだ僕の活躍を見せてやるさ!」


 爽やかさがあまりに眩しい。

 だが、実際こいつは凄い。

 ハードル走では陸上部を打ち負かし、クラスリレーでは抜群の速さでクラスに貢献した。

 周囲の女子からの評判も上がっているらしく、時折歓声が上がった。


 冬原には感謝をした方が良さそうだ。どうしても治せなかった遠野の歪んだ思想が、大きく変わり始めている。

 ……しかし、もし遠野があいつに彼氏がいる事を知ったらどうなる? いや、今は考えるのをよそう。


「ところでどうだった? 今までの僕の走り」

「良かったぞ。やればできる奴だな、お前は」

「冬原さんと付き合えるかな?」

「知らねーよ」

「近々告白するんだ、僕。だからさ、僕はもっとイケメンだってアピールしないと!」

「ま、頑張れよ」


『次は400メートル走です。選手の皆さんは集まってください』


放送委員会のアナウンスだ。


「来たね、僕のメインディッシュだ」

「頑張れ。一応、応援しておくよ」

「ありがとう」




 炎天下、水分補給を、忘れずに。

と、一句を心で読みつつ、遂に遠野の順番がやって来た。


「位置について……よーい、ドン」


パァン! と乾いた銃声と共に、一斉に走り出した。

 遠野は初めのスタートこそ遅れたが、みるみるライバルを追い越していく。

 これには正直驚いた。奴がここまで出来るとは思わなかった。


 だが、事件は起こった。

 あと100メートルと言った所のコーナーで、奴は転んでしまったのだ。それも重症なのか、奴はそのままレーンの外へ出て、そこでうずくまってしまった。


 ——全く世話の焼ける奴だ。


 俺は保健委員会として、遠野の元へ駆けつける。


「おいおい、どうしたんだ?」

「へへ、誠司。僕は今、一つの発見をしたよ……」

「何だ?」


 相当な痛みなのか、顔を引きつらせつつも、無理矢理笑って


「……人間って走れない生き物なんだね」

「フハハハハ! ったく、よくもまあそんな状態で冗談が言えたな」

「足をやったみたいだ。凄く、痛いッ!」

「肩を貸すから歩け」

「痛い、無理」

「ならここで寝てるか? さっさと保健室行くぞ」

「あー、痛い! でも頑張る!」

「どっちが痛む?」

「左足だ」

「よし、左腕を寄越せ。いくぞ、せーの!」


遠野の腕を取って、重心を引き受ける。奴の汗と砂利が俺の首筋に触れて不快さを感じる。

 しかし今はそれどころではない。早く保健室に行かねば。

 俺は遠野を連れて校舎へ向かった。





 保健室の先生に遠野の患部を診てもらうと、骨折している事が判明した。すぐさま病院へ行く事となった。


「石宮君だったかな?」

「はいそうです」

「申し訳ないのだが、私は遠野君と病院に行かなきゃいけないから、しばらくここを任せるよ」

「わかりました」

「それじゃ」


と言い残し、先生は遠野を連れて教室を出た。



 しばらくの間、冷房の効いた保健室で涼んでいると、ノックの音がした。


「どうぞー」

「失礼します」


入って来たのは、体操服姿の茶髪のボブヘアの可愛らしい女の子だ。


「あれ? 石宮君?」

「桜木さんじゃないか、どうしたんだ?」

「それはこっちのセリフ。先生は?」

「少し用事があって留守にしてる。俺で良ければ用件を聞くが?」

「少し目眩がして。多分熱中症」

「マジか。少しベッドで横になってなよ。飲み物買ってくる」


 それから俺は自動販売機でスポーツドリンクとミネラルウォーターを買って戻って来た。


「とりあえず2本買って来た。好きな方を飲みなよ」

「じゃあスポーツドリンク」

「なら俺は水をいただく」

「ありがとうね」

「良いんだよ」


 よっぽど渇いていたらしい、桜木はペットボトルの中身を半分ほど一気に飲み干した。


「プハー! ごちそうさま」


とにっこり。


「平気そうか?」

「まだ辛い」

「そうか」

「あのさ、良ければ少し私の話し相手になってくれない?」

「喜んで」


 あの日、彼女とは他愛のない話をした。彼女からは所属する演劇部の話や以前聞けなかった中学校時代の話、俺からは遠野の恋路の話をした。


「遠野君って、あの色白のイケメン?」

「お前、一回遠野に会ってるぞ」

「本当? え、見覚えない。……あ、もしかしてあの変な男の子?」


 変なって、酷い言い草だな……


「うっそ、全然違う奴になってるじゃん!!!」


 まあ、そう言う反応になるよな。俺もなったよ、あいつが髪をバッサリ切った翌日に。


「……なんかさっき派手に転んでたね」

「そうなんだ。それで、さっき俺がここまで連れて来たんだ」

「え、じゃあ遠野君は?」


キョロキョロ見回す彼女。


「骨折で病院送りになったよ」

「うわぁ……お気の毒に。ところで遠野君と石宮の関係は?」

「中学からの仲だよ。今は文芸部も一緒にやってる」

「文芸部? 廃部になったんじゃなかったの?」

「三島先生から部の存続を頼まれたんだ。今は俺と遠野と冬原さんの三人でやってる」


 と言っても、現時点ではまともな活動は一度もしていない。


「えー、なんだー。私も文芸部入りたかったんだよ」

「そうなのか?」

「うん。中学の頃に文化祭で買った文集が面白くって、入学したら入ろうって決めてたんだー。でもさ、今年の文芸部の勧誘がどこにもなくって。部室もずっと閉まってるし」

「なるほど、それはすまない事をした」

「ほんとだよ」

「でも、もし今からでも良ければ、桜木も文芸部に入らないか?」

「え、良いの?」

「もちろん。むしろ部員が足りなくて困ってるんだ。頼むよ」

「演劇部と兼部になっちゃうけど、それでも良ければ」


 やったぞ!

 桜木が入ってくれるのは本当に嬉しかった。

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