第5話 冬原智雪は面白い奴である。後半


 その後談話室にて、俺と冬原は取るに足らない雑談をした。勉強の話や先生の話などだ。

 存外、冬原智雪という女の話は面白い。

 どう言う訳か、恋愛の話に至った。



「ねえ、石宮君。彼女さんっている?」

「い、いないが。どうして?」

「私はいるわ」

「自慢か?」

「いいえ。むしろ自虐かしら? あのね、私の交際相手、中学の頃の同級生だったの」

「そうだろうな。まだ入学してから一ヶ月も経ってないし」

「彼はクラスで人気者、成績はあまり芳しくなかったようだけど、部活ではすごく活躍していたみたいね」

「ふーん、それで?」

「ある日、そんな彼が私に告白して来たの。LIMEで」

じかじゃないのか」

「良いんじゃない? 私には直接と間接、同じ内容なら全く違いはないと思うわ」


 違いがないと思うのは、彼女が直に告白を受けた事がないからだろう。遠野に教えてやろう。


「……本題を続けてくれ」

「でもある日、あの人がね、クラスの男子とこんな話をしていたのよ。

『なぁお前の彼女ってメチャクチャ可愛いよな!』

『まあな。あんなに可愛い子、中々いないぜ』

『羨ましいよ、まったく。あんな絵に描いたような清楚系美少女、本当に羨ましいぜ』

『ま、俺レベルなら、それくらいの女じゃなきゃ釣り合わねーよ』

……って話を聞いたの」


 迫真の演技だった。冬原は普段落ち着いた話し方をする。それゆえに意外性が強かった。

 やはりこの女、面白い。


「……それで?」

「なんだか不思議じゃない?」

「なにが?」

「恋人ってステータスになるのかしらって」

「すまない、言っている事が理解できないんだが」

「その……私ね、恋愛は選択してやる物ではないと思うのよ。自然と芽生える好意によって成立すると思うの」


 ほう、中々に素敵な価値観をお持ちのようで。


「でも彼、もの凄く自慢にしてた、私の事を」

「……何が問題なんだ?」

「おかしいじゃない? 何かこう、『してやったぜ』感があって」

「おかしいか? 恋愛をした事がない俺からすれば、誰かと付き合うのは凄くハードルの高い物に感じられるが……つまりその、交際相手がいる事自体すごいんだよ」

「いいえ。私が言っているのはね、私を自慢するのがおかしいって事よ。私は私を愛していくれている人と付き合いたいの。私は決して誰かを飾り付ける為に交際するわけじゃないの」

「なるほど。でも、その彼氏さんは冬原さんを好きなんじゃないのか?」

「さあ? 一度も愛を感じた事はないわ。あるのは性欲だけね」

「うわぁ……」



 冬原と雑談をしているうちに、外の雨が止んできた。


「雨、止んできたわね」

「本当だ。良かった、実は今日傘を忘れてしまってな、困ってたんだ」

「そうだったの」

「そろそろ帰るよ。面白い話を聞かせてくれてありがとう」

「こちらこそ楽しかったわ。ありがとう」


 ピコンとスマホの通知音が鳴った。


「すまない、俺のだ」


 スマホを起動しLIMEを開く。差出人は遠野だった。


TOHNO『将棋部が終わった』

TOHNO『今から帰るけど、まだ学校にいる?』

TOHNO『良ければ一緒に帰らない?』

いしみーや『一緒に帰ろう。ただし、冬原さんも一緒に』

いしみーや『昇降口で待ってる』



「悪かった。遠野からだ」

「何ですって?」

「今から一緒に帰らないかと誘いを受けた。良ければ冬原さんも一緒に帰らないか?」

「そうね……。ええ、是非どもご一緒させてもらうわ」



 4月の6時はまだまだ暗い。

 校門を出る頃には辺りは真っ暗になっていた。しかし空は晴れていて、星がよく見えた。


「こ、今夜はほ、ほほ……ほ、星が綺麗ですねッ!」

「ふふ、そうね」


 遠野よ、緊張しちゃうのは分かるが、それではあまりに変だぞ。


「なぁ、遠野。さっきも話した部員の件だが、アテはないか?」

「な、ないね! うん、まったく!」


 これはアレだ。恋の病だ。

 好きな人が出来たせいで、どこか空元気になっている。


 ……やれやれだぜ。

 ところでどうしたものか。部員があと1人必要だ。しかしどうにもアテが思いつかない。参ったな。

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