第2話 石宮誠司と桜木舞花の入学 後半
保健室の先生に桜木を任せた後、事務室に行くとやはり入学式は終わった後だと分かった。しかしまだ教室で何か用事が残っているらしく、そちらに行くように言われた。
廊下を進んで一番奥、一年A組と書かれた教室の前に立つ。
遅刻した日に、遅れて満員の教室に入るのに緊張するのはなぜだろう。
勇気を出して、ガラガラと扉を開けて入る。すぐさま教室中からの視線を肌で感じる。
俺は周囲を見回して、先生と思われる中年の女に
「すみません、遅れてしまいました」
「石宮君だね? やっと来た〜。どうしたの?」
「少しトラブルに巻き込まれまして」
「そう。まあ良いわ。石宮君の席はそこよ」
指定された席は窓際一番前。ア行で始まる苗字の宿命。位置ゆえに黒板が見づらそうだ。
席に着くと隣の男と目が合う。それは驚く事に中学時代の友人、遠野譲治だった。
「やっと来たね?」
奴はそっと囁くように言って、ニチャァと不敵な笑みを浮かべる。
「遠野、同じクラスだったのか」
「君を待ってたんだよ」
「なぜ?」
「高校生ってキラキラしてるでしょ? なんか僕さ、そう言うの苦手なんだ」
「なんだよそれ。ところで今なんの時間だ?」
「委員会決めだね。たった今クラス委員長が決まった所」
なるほど、黒板の前に立つ彼女が委員長か。
「あのさ、誠司。良ければ保健委員会にしない?」
「なぜ?」
「楽だって聞いたから」
「それだけ?」
「そう、それだけ。奉仕の精神は奴隷道徳だよ、石宮くーん。お、順番が来たね。さ、手を挙げて」
♢ ♢ ♢
放課後。とは言え入学式の日なので、まだ昼前。
昇降口まで来ると、凄まじい数の生徒が校門までの両道脇にずらりと並んでいた。
「陸上部、りくじょー!!!」
「吹奏楽部、公演しまーす!!!」
「バスケ部、バスケ部ー!!!」
「サッカーやろうぜ!!!」
彼らは道行く新入生にチラシやビラを配っていた。
「「ひぃ……」」
俺も遠野もどちらかと言えば、こう言ったザ・青春と言った雰囲気を苦手とするタイプだ。怖気付くのは無理もない。
「み、見たところ、部活の勧誘のようだな」
「ま、まさに青春の化身……」
「こんな所に立ち止まっている訳にいかない。……よし、突破するぞ!」
「ふぇ〜」
気遅れする遠野の腕を引っ張り、人の波を掻き分けて突き進む。その間、上級生らの熱気の籠った勧誘を受ける。
なんとか校門までやってくると、俺と遠野の両手には紙束が残っていた。
「チッ、資源の無駄遣いだね、まったく。僕だったらこんなの全部IT化するよ」
「まぁまぁ、そう怒るなって。ところで、この後ファミレス行かないか?」
「良いね。あ、でも一旦親に連絡させて」
紙束をカバンに入れ、今朝来た道を戻っていると
「いーしーみーやー君!!!」
後ろから俺を呼ぶ声がした。振り返れば桜木さんが走って来ている。丁度正午で日がよく当たるからか、今朝よりもずっと顔色が良い。
「ああ、桜木さんか。体調はもう大丈夫か?」
「おかげさまで。単なる貧血だっただけだし」
「そうか」
「ねぇ、誠司。この子、誰……?」
いつの間にか遠野は俺の背後に隠れていた。
女性恐怖症は未だ健全か……
「なーに怯えてんだよ。すまないな、桜木さん。こいつは遠野譲治。一見暗そうに見えるが、根はいい奴なんだ」
「へ、へぇ……よ、よろしくね?」
大抵の女子は遠野を見るとあまり良い反応をしない。例に漏れず、桜木も引きつった笑みを浮かべている。
「で、彼女は桜木舞花さん」
「G組の舞花だよ。よろしく」
「よ、よろしく……お願いします……」
遠野は一層俺の背後に隠れてしまった。
「あ、あのさ、桜木さん。何か俺に用があったんでしょ?」
「そうだった。あのさ、良ければ私と連絡先交換してくれない? 今度お礼したいからさ」
「喜んで交換するよ」
「んじゃスマホ貸して……はい、出来た。私、友達待たせてるから戻らなきゃ。またね、石宮君」
「おう、またな」
桜木は俺たちを置いて、足早に学校へ戻って行った。
「誰、あの女……?」
「そのメンヘラみたいなセリフやめろ。今朝、うずくまってた所を助けたんだ」
「ふーん、可愛かったもんね」
「やめろ、下心があったみたいな言い方」
「実際あったんでしょ?」
「……少しはな……」
「フハハ! 全く誠司君も隅におけない奴になったね!!!」
「よせよ。……ところで部活はどうする?」
「僕はパス。帰宅部で良いよ。君は?」
「俺はどうすっかな」
話しているうちに駅前のファミレスに着く。
「んじゃ、入学打ち上げとしましょうか!」
「おーーー!!!」
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