第6話 新しい生活

 それから順調に旅程をこなしたお母様と私は、予定より少し遅れたものの無事領地に着くことが出来た。

 ここは王都の西にある海沿いの街で、気候も温暖で過ごしやすい。

 屋敷の前では家令を先頭にずらりと並んだ侍女が出迎えてくれた。こんなに多かったかしら。なにやら以前よりも人が増えているような気がする。


「奥様、お帰りなさいませ。お待ちしておりました」

「ありがとう。アルバート。しばらく滞在いたします。頼みますね」

「はい。それから本日、エルロイ様もご到着予定でございます」

「そう……。分かりました。私が対応いたしますからサロンにお通しして下さい」

「かしこまりました」


 お母様は振り返ると「どこか辛いところはない?」と心配そうに尋ねた。私が「大丈夫です」と頷くと、その言葉の真偽を確かめるように私に顔を寄せた。


「パティ、無理はしちゃだめよ。少し休んだ方がいいわ。メアリーお願いね」

「はい、奥様」


 メアリーを伴い向かった部屋は以前使用していた時とは異なり、内装が白で統一された大人っぽいものに変わっていた。窓からは陽の光を反射して白く輝く海が見えた。開け放ったバルコニーから柔らかい風が吹いてくる。


 きれい……。

 ここで新しい生活を始められると思うとワクワクした。

 私は宿泊した街で購入した本を取り出すと、早速読み始めた。



 コンコンコン。



「どなた?」

「エルロイと申します。パトリシアお嬢様の家庭教師として参りました」

「まぁ、今開けますわ」


 エルロイと名乗った年配の女性は、一見厳しそうな顔立ちだけれどとても優しそうな目をしている。


「初めまして。パトリシアと申します。エルロイ先生とお呼びしても?」

「えぇ、構いませんよ。パトリシア様、宜しくお願い致します」

「先生、それでどのような事を教えて頂けるのでしょうか」


 これからまだまだ学べるなんて素敵なことだわ。お兄様やお義姉様をびっくりさせるぐらいには頑張りたい。


「そうでございますね。パトリシア様が優秀な成績を修めて学園を卒業されたことは存じておりますが、まずはどれぐらいの学力なのか念のため確認させて頂ければと思います。その上で、学力に応じて様々な先生方にお越しいただくのもいいかと考えております。後はマナーやダンスでしょうか。こちらは本格的に覚えて頂かないとならないかもしれません」

「まぁ、そんなにですの。私頑張りますわね」

「今日は領地にいらしたばかりでお疲れだと思いますので、まずはお茶のマナーからいかがでしょうか」

「素敵ですわ。メアリー、お願いできるかしら」


 メアリーが手際よくお茶の支度をしてくれる。先生がいつものようにしているところを見たいとおっしゃったので、普段通りティーカップを口に運ぶ。あら、今日のお茶、以前頂いた茶葉を使ったのね。そう言えばこのお茶を誰かと飲もうとしていたような……。その時エルロイ様の少し驚かれたような顔が目に入った。人に見られていると思うと緊張するが、一人でお茶をするより余程いい。ついこの前まではいつも一緒だったから……。

 一緒? 誰と一緒だったのかしら?

 思い出そうとした途端、苦しくなって胸を押さえた。


「パトリシア様! どうされましたっ。大丈夫でございますか!」

「先生……申し訳ございません。最近なぜか胸が苦しくなることが多くて。でも大丈夫ですわ。ご心配おかけいたしました」

「そうですか……」

「それで先生、私のマナーはいかがでしょう。どこを直せば宜しいでしょうか」

「あ、あぁ、そうでしたね。その点については少し驚いておりますが、問題ないと言わざるを得ません。どなたかについてお勉強されたことがおありなのですか?」

「最低限必要なマナーは学んで参りましたが、特に名のある先生に来て頂いたわけではありませんでしたわ」

「そう、ですか。それでは今日はここまでに致しましょう。やはりお疲れのようですから、ゆっくりお休みくださいませ。また明日参ります」

「はい、先生。これからも宜しくお願い致しますわ」


 お茶のマナーは問題ないと言われてしまったけれど、食事のマナーもあるしご挨拶等他にも色々あるものね。まだまだ学んで行くべきことがあるかと思うと、先ほどまでの胸の痛みも忘れ、晴れやかな気持ちになった。

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