第4話 棚上げ

 今日はお父様に言われていた回答期限。

 朝の庭園。トピアリーの向こうからアンソニーが現れることはなかった。


 がっかりはしていない。むしろ正式に婚約の話を進めようとしているにも関わらず、アンソニー本人の口から何も聞いていないことに腹が立っていた。いくら婚約が家どうしのものだとしても、何か一言あってもいいじゃない。


「お嬢様、旦那様がお呼びでございます」


 今日呼びに来たのはお兄様ではなく執事長だった。お兄様だったら八つ当たりしようと思っていたのに。


 執務室の扉をノックして名乗ると「入りなさい」という父の声が聞こえてきた。

 この前座ったソファーに腰掛ける。


「パティ。すまない。婚約の話だけれど棚上げになった。でも棚上げだというだけだから。この際猶予の時間をいっぱい貰ったと思えばいい」

「……はい、わかりました。お父様」


 正直お父様の話はあまり聞いていなかった。棚上げという言葉だけが私の耳に強く残った。



 それから私は朝の日課になっていた庭園に出ることを止めた。元々は部屋に飾る花を受け取るために行っていたはずだったのに、どうして行かないのか自分で自分が良く分からない……。

 一人で飲むお茶は味気ないからとお茶を飲むことも止めてしまった。


 アンソニーがいない景色には色がない。

 何とかいつも通りの自分でいようと思うのだが、いつも通りの自分の隣には大抵アンソニーがいた。


 もう元に戻ることはないんだと私は何となく理解した。


「パティ」


 珍しく部屋を訪ねていらしたのはお母様だった。長椅子に座ったお母様は隣をぽんぽんと叩いて「いらっしゃい」と言った。

 私が大人しく隣に座ると、お母様は私を抱きしめて背中を撫でた。


「パティ。大丈夫。みんなあなたの味方なのよ」


 視界がぼやけて何かが頬を伝った。

 私、泣いているの? 何で……。

 分からないことが多すぎる。


「しばらくの間、お母様と一緒に領地で暮らしましょう。お父様が手配して下さった素敵な先生もご一緒して下さることになっているのよ」


 ここのお屋敷には色がないのだから、いてもしょうがない。

 私は黙って頷いた。

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